ブルックナーと賢治さんの思い出。感慨深い新旧名盤~昨年聴いたCDブルックナー編【復活節前第7日曜日】

 今度の日曜日(2月7日)は、復活節前第7日曜日。


 2月2日のマリアの潔めの祝日に続き、バッハのカンタータの代表作がずらりと並ぶ祭日です。

 たまに、マリアの潔めの祝日とこの復活節前第7日曜日が同じ時期に重なることがあり、わたしはそれを「カンタータの祭典」と呼んでいますが、今週は、まさにその「カンタータの祭典」!


 復活節前第7日曜日のカンタータは、

 バッハのトマスカントル就活作品、BWV22、23
 2年目、第2年巻(コラールカンタータ年巻)の最高峰、BWV127
 「美しすぎるアリア」、後期のミニ受難曲、ミニと言っても長さだけで、作品の充実度は決して「マタイ」にも負けない」、BWV159
 
 特に、BWV127BWV159は、バッハの夥しい数の全カンタータの中でも、まったくタイプの異なる作品ながら、その頂点として燦然と輝く2曲です。

 過去記事はたくさんあります。

 
 ご参照のうえ、ぜひ、この機会に、マリアの潔めの祝日のカンタータと合わせて、バッハのカンタータの神髄に耳を傾けてみてください。


 過去記事もたくさんあります↓


 <五旬節>

    お気に入りのアリアその3(BWV159)~夕映えのR.シュトラウス
    最後の旅・真の人にして・・・・ ~五旬節(BWV127、159)その1
    大いなる壁画・コラールカンタータの神髄~五旬節(BWV127、159)その2
    ガーディナーの挑戦・再び~五旬節(BWV127、159)その3
    カンタータの祭典!!マリアの潔めの祝日&五旬節
    雪のエストミヒ
    第3の男、ライプティヒに赴任する~たまには曲目解説(BWV22、23)
    カンタータの名演を視聴してみましょう2 今回は曲目解説付!~BWV159
    ミニミニ受難曲を聴いてみましょう~カンタータ名曲名盤聴き比べ・BWV127
    BWV159・「極北」のアリアを聴く。今週も新旧名盤いろいろ



 なお、この後、明けの明星BWV1のマリアのお告げの祝日、そして春の復活節までの間、バッハの(ライプツィヒの)カンタータはありません。

 それまで、わたしのカンタータのお知らせもお休みです。



  ☆    ☆    ☆



 さて、毎年この時期には、書き溜めたCD等の感想をアップすることにしています。
 早速今日から始めることにします。

 まずは、ブルックナーの超魅力盤から。



 本ブログ、CD紹介では、何と初登場曲??

 今まで何をしていたのか・・・・。

 (音楽自体には、こちらの記事等があります。)


 ブルックナー 時代楽器(ガット弦)による室内楽曲集

 ~弦楽五重奏曲、弦楽四重奏曲、間奏曲

   フィッツウィリアム弦楽四重奏団、ジェームズ・ボイド


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 すでに半世紀近い歴史を誇るフィッツウィリアム弦楽四重奏団は、もはや一つの「銘器」とも言うべきカルテットだが、創設時以来のメンバーであるヴィオラのアラン・ジョージは、かつてガーディナーの下で研鑽したという側面も持っている。
 今回、若いメンバーのフレッシュな力も得て、画期的な録音にチャレンジした。

 時代楽器(ガット弦)による、ブルックナーの室内楽曲集!

 ブルックナー・ファンにとって特別な名曲中の名曲である弦楽五重奏曲が、これまで誰も聴いたことが無いような鮮烈な姿で、登場。
 

 柔らかでしなやか、落ち着いた光沢を帯びた、どこか懐かしい音色、
 アンサンブルはどこまでも清々しく澄み渡り、しかも、おおらかで驚くほど呼吸が深い。
 古楽奏法だとスケールが小さく感じられるのでは?と思う方もいるかもしれないが、ブルックナーが書いた5つの声部がすべくっきりと浮かび上がることにより、音の塊としての物理的な迫力ではない、ブルックナーが本来意図した驚くほど広がりのある音響を体験できる。
 しかも、それらは、即興性とも言えるような自由な飛翔感にあふれているのだ。
 さらに、楽器の音色等による雰囲気的な美しさではない、純音楽的な美しさも、心にストレートに伝わってくるのは当然のこと。

 ブルックナーの極上のモテットを聴くのと同じような至福。しかも、音楽は、交響曲に匹敵するような大曲。いつまでもいつまでも、その至福は続く。
 聴き終えた時には、とびっきり純度の高いブルックナーの新しいシンフォニーを聴いたような充足感で心がいっぱいになった。

 ブルックナーファン必聴!


 余談だが、わたしはこの曲を聴くと、学生時代によく東北を訪れていた時のことを思い出す。
 遠い思い出の中の、夏の小岩井農場の光と風に包まれているような気分になる。
 このことは、次のCDの感想で書くことにも関連する。



 ブルックナー 交響曲第0番 朝比奈隆指揮、札幌交響楽団


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 日本におけるブルックナー演奏黎明期の貴重なドキュメント。

 初めて0番を聴く方には、やはりもっと音の良い新しい録音を聴いてほしいと思うが、
 0番をよく知っている方には断然おすすめ。
 ぜひ、ご自分の耳で確かめていただきたい。1980年代初期の時点において、日本、しかも北の大地・北海道で、こんなにも堂々とした、風格と美しさにあふれた0番が鳴り響いていたということを。
 朝比奈さんはこの0番を、自らが日本初演を行った70年代末から、何と日本全国のオケを振り、数回に渡って演奏しているのだ。
 ヨーロッパからすれば地の果てとも言えるような国で、一度は番号を付けるに値しないと判断した0番が、そんなにも頻繁に演奏されている。ブルックナーが知ったら、とまどうだろうか、喜ぶだろうか。

 これも偏に「ブルックナーの使徒」を自認していた朝比奈さんの使命感からのことだと思うが、その役割を十分に果たしたと満足なさったのか、この札響との演奏を最後に、朝比奈さんが0番を演奏することは無くなり、最晩年の全集にも0番は含まれていない。 


 わたしが朝比奈さんのブルックナーに夢中になり、その演奏会に通い始めたのも、ちょうどこの頃だった。
 残念ながらわたしは0番を生で聴く機会は得られなかったが、朝比奈さんは3番のアダージョNo.2など、本場ヨーロッパでも滅多に聴くことができない曲を聴かせてくれた。
 (ちなみに3番のアダージョNo.2(アバド&ウィーン・フィルのライブのFM放送)は、わたしとブルックナーの出会いの曲)

 この札響のCDに耳を傾け、北の大地が熱く燃え上がっているのを聴くと、わたしが体験した同時期のライブの熱気が鮮やかに甦ってくる。
 朝比奈さん、元気いっぱい。あの頃の朝比奈さんはまるで青年のように若々しかった。この時すでに、70歳を超えていたはずだけど。

 もう絶対に還ることの無い、遠い夢の中の時代。


 先月、久しぶりに岩手を訪れ、現在その時の記録を奥の院に書いているところだが、
 わたしが宮沢賢治にあこがれて、何度も東北に行っていたのも、正にこの頃のことだった。

 振り返ってみれば、ごく短期間ではあったが、ちょっと妙な取り合わせの2つのベクトルに熱病のように惹きつけられていたわけで、我ながらちょっと妙な青春時代だった。
 でも、ブルックナーと宮沢賢治、まったく関係無いようでいて、今考えてみるときちんと一つの方向に連なっているような気がする。


 ブルックナーと宮沢賢治の共通性についての記事、こちらこちら


 なお、カップリング曲に、ハイドンの交響曲2番というのが収録されている。
 一瞬クレジットのまちがいかと思ったが、ほんとうに2番らしい。
 こんな曲聴いたことなかったが、いかにも100曲以上交響曲を書いた人の2番目の作品、というような曲だった。
 朝比奈さん、なんでまたこんな曲を??と不思議に感じたが、この当時、札響は創立20年を迎え、定期演奏会に必ずハイドンの曲を入れることになっていたのだそうだ。
 朝比奈さんにハイドンの「2番」を振らせるとは、札響、すごすぎ。
 ただ、ブルックナーの0番(実際には2番)とハイドンの2番という組み合わせは、交響曲の大家の2番つながりということで一応筋が通っているし、組朝比奈さんもけっこう大乗り気だったのでは。
   




そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

ANNA
2016年02月07日 06:58
Noraさん、おはようございます。

岩手の旅の記録、楽しみに拝見してます。学生時代、当時所属していたサークルの合宿で
毎年岩手を訪れていました。その施設は、岩手山の山裾にありました。旅の記録の写真で
岩手山を見て、当時を懐かしく思い出していました。
長閑で自然豊かな懐かしいあの場所は、まさに「桃いろのひかり」と「すきとほった風」が感じられる場所でした。弦楽五重奏曲を聴くと、あの時感じた「すきとほった風」が通り過ぎるような感じがするのです。 ご紹介のブルックナーの弦楽五重奏曲、ぜひとも聴いてみたいと思います。
2016年02月08日 21:56
 ANNAさん、こんばんは。
 おっしゃる通り、クインテットを始めとするブルックナーの音楽(特にアダージョ)は、「きれいにすきとおった風」という言葉がぴったりですね!
 演奏が良いとなおさらだと思いますが、特に今回ご紹介したフィッツウィリアム弦楽四重奏団他のCDには、この言葉がそれ以上ないほどふさわしいような気がします。機会があったらぜひお聴きになってみてください。

 「きれいにすきとおった風をたべ、桃色のうつくしい朝の日光をのむ」
 それにしても、ほんとうにすごい言葉ですね。この序文の冒頭の2行で、わたしたちは早くも五感のすべてを刺激され、いきなり賢治のいる世界につれていかれます。
 そして、その世界は、ブルックナーの音楽の世界にとても近しい気がしてならないのです。 

> 岩手の旅の記録、楽しみに拝見してます。

 ありがとうございます。今年は生誕120年ということなので、ゆっくりと書いていきたいと思っています。
 岩手山、大きかったですよ。若い頃に見たよりもずっと大きく感じました。
 できればいつか、夏の小岩井農場等にも行けたら、と思っています。

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