川越まつり~壮観!小江戸・川越で、古き良き江戸の天下祭りの粋を見る。

 パ・リーグ、CS第2ステージ。
 ファイターズは、先週の金曜日の初戦で、10対3のまさかの大敗、目の前が真っ暗に。

 これはいかん、と、土曜日(10/18)の第2戦、敵地西武ドームまで応援に行ってまいりました。

 その甲斐があってか、第2戦、3戦と連勝、これでようやく、五分と五分のふり出しに、というか、気分的にはちょっとリードか。でも、油断は禁物。
 さあ、いよいよ、これからがほんとうの本番です。がんばれ、ファイターズ!

 それにしても、なんだかんだ言われながらも、シーズンが終わったのに、こんなにも毎日ドキドキして楽しむことができる。
 選手の皆さんには、心から感謝です。

 現在熱戦の真っ最中につき、西武ドームのことは、CSの結果を踏まえた上で、今月の日記の中にでも書きたいと思っています。



 さて、ちょうどこの日は、所沢から電車で少しの川越で、川越まつりが行なわれていました。

 というわけで、勝利にすっかり気をよくしたわたしは、試合後の夜、川越まで足をのばしました。
 今回は、その時のことを。



 川越まつり (氷川祭・国指定重要無形民俗文化財)

  (10月18日(土)、19日(日)に開催)



 川越祭りは、関東3大山車祭りのひとつ、と言われることもあるそうですが、身近なわりには、これまで一度も見た事がありませんでした。
 9月のやわたんまちですっかり山車に魅せられてしまったわたしは、ちょうどよい機会だと思い、初めて見にいった、というわけです。


 それにしても、これまた、すごかった!
 やわたんまちのような激しさ、迫力はないですが、15台!もの巨大な山車が、町中に立ち並び、そして悠然と進むありさまは、極めて壮観。
 そもそも川越には、全部で30台の山車があり、そのうちの10台が県指定文化財になっているそうです。

 そして、何よりも、街全体が参加しての規模、人出、すべてが半端でない。

 
 神田神社などの、江戸の天下祭は、浮世絵などで見るように、もともと、山車が中心の豪壮なお祭りでした。
 それが交通の事情などから現在のようなお神輿中心のお祭りになっていったわけですが、
 その、今はもう東京では失われてしまった、かつての江戸の天下祭の壮観なありさまが、小江戸・川越の地で、絶えることなく引き継がれてきて、こうして目の当たりにすることができる、というのは、何よりも感動的です。



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 南は東上線・JR川越駅から、蔵の街並みを経て、北は氷川神社までがすっぽりと入る、直径約2.5キロほどの円内の、あらゆる大通りや商店街に、びっしりとさまざまな屋台が並び、その間は、祭りを楽しむ人々でいっぱいに埋めつくされています。


▽ こんな状態。どこまで行っても、どこを曲がっても、これが続く。

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 西武新宿線本川越で下車し、人波にもまれながら少し行くと、すぐに、巨大な山車が立ち並んでいるのが見えてくる。

 昼間のうちは、街中を行列し、今は、「宵山の山車揃い」で、定位置についてその威容を見せている山車です。

 各山車では、それぞれ特徴的な囃子が奏され、さまざまな面をつけた踊り手たちによる踊りなどが繰り広げられています。

 囃子も、神田ばやしの伝統を受け継ぐ、純正統的なもの。



 それでは、駅側(南側)から蔵の街方向(北側)へ、わたしたちが歩いていった順にご紹介。


 1、菅原町

 人形は、菅原道真公。踊っているのは、恵比寿様?

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 2、脇田町

 人形は徳川家康公。
 さすが、徳川家ゆかりの地だけあって、山車も人形もりっぱ。人気もすごかった。踊り手は確認できず。

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 3、通町

 人形は、鐘馗様。踊っているのは、大黒様?
 山車は、昭和初期のもので、彫刻等が風格があって美しい。(右)

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 4、新富町2丁目

 人形は鏡獅子。
 踊っているのはおかめ。よく見ると、小さな子どもの人形を抱いている。(右)

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 このあたりから、道はまっすぐになる。
 人波の中、新富町1丁目の山車(人形は徳川家光)を先頭に、いくつもの山車が立ち並んでいる様子。
 壮観。

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 5、新富町1丁目

 人形は徳川家光。(上の写真)
 踊り手はきつね。見物客と握手している。気さくなやつ。

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 6、中原町

 人形は、川越ゆかりの武将、河越太郎重頼。
 下段の波の彫刻が、そのまま上の波の絵に続いている。見事。

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 街中のいたるところに、このような舞台が設けられ、獅子舞や、ひょっとこ踊りなど、さまざまな種類の芸能が演じられていて、とにかく、にぎやか。

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 7、町田五町

 人形は、八幡太郎。踊り手はたぬき。左に、白狐の面がかかっている。
 背後の八幡太郎の錦絵が見事。

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 連雀町交差点の本部前から、蔵の街の方をのぞむ。
 8、連雀町の山車(人形は太田道灌)を先頭に、さらに山車が立ち並ぶ。

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  9、三久保町

 人形は、源頼光。
 山車は明治時代の古いもの。伝説・昔話ゆかりの武将だけあって、いろいろな昔話の彫刻があり、楽しい。
 写真には写ってませんが、もちろん金太郎も。

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 いよいよ、有名な蔵の街並みの通りに到着。


 10、仲町

 人形は、羅陵王。
 人形、山車、ともに江戸・文久年間の、たいへん古いもの。
(もう少し大きな写真が、ページのトップにも貼ってあります)

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 この先、蔵の街並みの間に、あと5基も山車があるのですが、あまりの人ごみで少しも動けず、これ以上進むのは断念。
 残念だけど、また来年以降のお楽しみ。



 やがて、夜も更けると、お祭りのクライマックス、

 「曳っかわせ」


 すべての山車が、ゆっくりと、それぞれの町会にむけて進みだします。
 それとともに、見物の人たちもぞろぞろ移動するので、もう朝と夕方のラッシュアワーがいっぺんにやって来たようなすさまじさ。

 途中で山車どうしが出会うと、舞台の正面を向け合って、囃子、踊りを競い合います。(囃子の儀礼打ち)


▽ ゆっくりと進む、連雀町の山車。

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 やわたんまちのように、さすがに全力疾走することは無いので、激しさはありませんが、悠々と進む巨大な山車は、迫力満点。


▽ 舞台を回転させる三久保町の山車。

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 やわたんまちの山車は、その都度、勢いよく切り返しをして向きを変えていましたが、
 ここの各山車は、始めから回り舞台の構造になっているため、儀礼打ちの際、向き合いやすくなっています。
 これらの移動、舞台の回転等、すべて役割分担して行われるため、ひとごみでも、とってもスムーズ。


▽ これが儀礼打ちだ。

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 もう、人が多くて、めちゃくちゃ。
 何が何だかわかりませんが、広場で何台もの山車が向き合い、儀礼打ちを繰広げることもあるらしい。



 ああ、すごいものを見た。
 だけど、何よりも、人の数がすごかった。



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