涸れた谷川にて鹿が水を慕うように~三位一体節後第17日曜(BWV148他)~BCJ

 今日は三位一体節後第17日曜日。

 テーマは、
①安息日について
②婚宴の席順に関する教訓(身分が高い人ほど姿勢を低くしなさい、というようなこと)
です。
 前者についてはよくわかりませんが、後者など、まあ、そのとおりだな、とは思います。
 ある意味、妙に日常的なテーマですが、バッハは、実りの秋にふさわしい、華麗な音楽を作曲してくれました。

 今日のカンタータは、BWV47、114、148
 東京はずうっと気のめいるような重苦しい天気が続いていましたが、ようやく、秋らしいさわやかな空が広がりましたが、こんな日に聴くのにぴったりの音楽です。
 カンタータを聴いて、清々しい気分になって、連休を楽しみましょう。

 コラール・カンタータ(第2年巻)のBWV114、よくできた器楽曲のようなBWV47もよいですが、
 ここでは、BWV148をかんたんにご紹介することにします。


☆ 内容にピッタリなので再掲載

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 作曲時期については、1723年(第1年巻)と1725年の、2つの説があるようですが、
わたしは、このカンタータの歌詞作者は、ピカンダーではないか、と思います。(つまり後者の方)
 上記のようなきわめて身近なテーマを、「安息の席につかせてください」という祈りに発展させていて、見事だからです。

 また、第3曲レチタティーボの歌詞には、有名な、「涸れた谷川にて鹿が水を慕うように」(詩篇42)が使われています。
 詩篇42と言えば、すぐにオケゲムやパレストリーナを思い出しますが、
バッハも、美しく澄みきったストリングスの伴奏付きの、心からの祈りを静かに捧げるかのようなレチタティーボに仕上げています。

 カンタータというと、やはり合唱やアリアが花形ですが、レチタティーボの中にも、このように印象的な名曲がたくさんあるので、今後もご紹介していきたいと思います。

 さらに、この詩篇42のように、ルネッサンス音楽などでおなじみの題材も、カンタータにはたくさん登場します。
 歴代の大作曲家によって歌い継がれてきた歌を、バッハがどのように受け継いだかを聴くのも、また楽しみなものです。

 たとえば、詩篇42の他には、
 デュファイ(コンスタンチノポリスの聖母教会の悲しみ)
 タリス(エレミヤ哀歌)
 クープラン(ルソン・デ・テネブル)
などでもよく知られる、「エレミヤ哀歌」も、カンタータの中にはたくさん登場します。

 もっとも有名なのは、BWV46の冒頭合唱でしょう。
 BWV46は、第1年巻を代表する名作中の名作。
 この冒頭合唱は、後にバッハ自身の手によって、あのロ短調ミサ・グロリアの中核合唱、「世の罪をのぞきたもう者よ」(クイ・トリス)へと変容します。

 あの、心にしみいるような音楽は、実は、エレミヤ哀歌だった、というわけですね。


☆ 枯れ始めたゴーヤと秋空

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〔つけたし:10/12(木)〕

 先日、ついに、コープマンのカンタータ全集が完結しましたが、
 BCJの全集も、順調のようで、ちょうど、コラール・カンタータ年巻(第2年巻)が終了するところです。

 BWV114の入ったCDを聴いてみましたが、すばらしい完成度です。
(他には、BWV7899収録。これは少し前に出た、25巻目の記念CD)

 第2曲のテノールアリアなど、こんなにも美しい音楽だったのか、と驚くほど。
 即興的なフルートのオブリガートが見事。良質のジャズみたい。
 歌詞の、「悲しみの谷」そのまま、まるで涙がしたたるかのようで、夜明け前に聴いていたら、涙がこぼれてきました。
(カンタータとジャズは、ほんとうにフォーマットがよく似ていますね。)

 この曲は、それ以降のフルートパートが欠落しているので、残念です。

 コラール・カンタータは、きちっとした?曲も多いので、BCJなど、ぴったりかもしれません。
 演奏も円熟の極み、といってよい域に達しつつあるようですし。
 コラール・カンタータを全曲そろえるなら、BCJ?
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