E君の思い出・こんなわたしに誰がした?~シュープラー・コラール集・目覚めよと呼ぶ声

 早いものでもう3月、卒業式のシーズンです。
 そこで、(これは、以前、あるところにも書いたことで恐縮なのですが、)
 ちょっとお気楽な学生時代の思い出を、少しだけ。

 中学時代、わたしはよく音楽室に侵入して、レコードを(古!)聴いていました。
 その頃、仲の良かったE君がクラシック好きで、
(クラシックだけではなく、小難しいもの全般が好きでした)
 連れていかれたのです。
 わたしが、田園やくるみ割り人形などを聴こうとすると、
「バッハを聴け、バッハを」と、彼はおこりました。
 わたしがようやく、
「ブランデンブルクって、ちょっといいかも」などと感じ始めた頃には、彼はフーガの技法や後期の鍵盤作品ばかり聴いていて、瞳を輝かせながら、何やら意味不明のややこしいことを語りましたが、もちろんわたしはほっておきました。
 やがて、ついに彼は、

「バッハはカンタータだ!」

 と言い出し、もはやわたしはついてゆけなくなりました。

 彼の興味は、この後、現代音楽、そしてジャズへと推移して、
 最後に彼は、
「おまえもいずれ、おれと同じ道をたどることになるのだ」と不気味な予言を残して、去ってゆきました。
(転校したのです)

 E君とは、その後一度も会ってませんが、いま何を聴いてるのかと考えると、少しこわいです。

 そして、結局、彼の予言?は見事的中したわけです。


 わたしは、ロックやジャズもよく聴きますが、これは、大学時代に仲のよかったロック少年の影響です。(彼とは、今でもつきあいがあり、よくジャズ喫茶等につれていってもらいます)

 つまるところ、人の影響を受けやすいんでしょうね。
 ちなみに、E君もロック少年も、どちらもなぜか小難しい本が好きで、すぐ人にも読ませようとしました。わたしはもちろん、たいていは読んだふりをして、やりすごしました。
 

 わたしは、これまで、E君の影に導かれるように、音楽を聴き進めてきました。
 もっとも、わたしがE君に追いつくには、長い長い年月が必要でした。
 実際、わたしがカンタータを聴くようになったのは、ほんの数年前のことなのです。
 そのときの話は、長くなるので、また今度。


 そして、わたしは、ひととおり現代音楽を聴いた後で、すぐに、今度は逆に、バッハ以前の音楽に、遡っていきました。
 バッハの源流への旅。 
 わたしが、自分自身の意思で踏み出した道は、これだけかもしれません。


  *    *    *


 さて、わたしは、バッハのオルガン曲を聴くと、
 不思議な郷愁とともに、必ずこのE君のことを思い出します。
 オルゲルビュッヒライン、ライプツィヒ・コラール集、
 なんでもいいんですが、特に、シュープラー・コラール集。


 「カンタータの山の宝探し」のところでも書きましたが、
 シュープラー・コラール集(BWV645~650)は、
 バッハが、その最晩年に、機会音楽として使い捨ての宿命を持つカンタータを、何とか後世に託そうと、カンタータの中のオブリガート付コラール編曲の何曲かを、オルガン用に編曲し、出版したものです。
 膨大なカンタータ楽章の中から、バッハ自身が厳選した、もっともいいところだけを聴くことができる、まさにカンタータのベスト・オブ・ベストとでもいうべき曲集で、親しまれている割には、ある意味、ロ短調ミサ等と同じ位置づけを持つ、たいへんな曲集です。


 ここで、もう一度、パロディ関係をまとめておきましょう。


            (原曲カンタータ楽章)
                  ↓
  BWV645    BWV140~第3曲

  BWV646    ?

  BWV647    BWV93~第4曲

  BWV648    BWV10~第4曲

  BWV649    BWV6~第3曲

  BWV650    BWV137~第2曲

    * BWV646のみ原曲不明


(BWV140が、有名な「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」ですね。
 この曲はもちろん、ここにあげたカンタータは、すべてが名曲中の名曲。
 さすがに、どれを聴いても、聴き応え十分)


画像

 

 このシュープラーコラール集とE君がなぜ、結びつくかというと、
 E君が、ある時、カセット(これもいまや、なつかしい言葉)を作ってくれたのです。
 A面に様々な楽器の伴奏付の賛美歌のようなもの、B面に同じ曲をオルガンで弾いたものが入っていました。
 ずいぶん後になってからわかったのですが、それはシュープラーコラール集の原曲とオルガン編曲を比較できるようにしたものだったわけです。
 前記のように、原曲が一曲不明で少ないので、そのかわりに、あの「主よ、人の望みの喜びよ」のコラールが入ってました。
 なかなか気のきいたことをしたものです。 
 よっぽどわたしを、カンタータの世界に引きずり込みたかったんでしょう。

 E君は他にもカセットをくれて、たいていわけのわからないものでしたが、このカセットだけは、なんだこりゃ、と思いながらも、なんとなく気に入って、ずっと愛聴していました。
 今では、同じようなMD(もっと凝ったもの)を自分で作って、愛聴しています。

 カンタータの中には、単なる4声コラールでない、このような器楽のオブリガート付コラール編曲が、他にもたくさんあります。
 これまでの記事にもずいぶん書いてきました。
 ざっと、思いつくだけでも、

 BWV13第3曲、
 BWV95第3曲、
 BWV158第2曲、
 BWV159第2曲、
 BWV199第6曲、
 そして、もちろん、BWV147終曲、その他たくさん。

 アリア集なんかも良いですが、
 シュープラーコラール集の原曲を始めとして、それらのコラール編曲を集めると、カンタータのエッセンスを集めたベストのようなものが、できあがります。
 これらを聴いていると、バッハが、最晩年に、シュープラーコラール集を編纂した気持ちが、なんとなくわかるような気がします。



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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

2007年03月07日 20:29
Noraさん、こんばんは。
E君との思い出、楽しく拝見させていただきました。
学生時代、それも中学のころから、素晴らしい感性を持ったお友達に恵まれていらっしゃたのですね。
こうしてブログなるものを始めるまで、音楽について共に感じ、語り合える友人を持たなかった私には、眩しいようなお話です。
音楽という、果てしない喜びの中で影響し合える関係は、わたしには夢物語でしかありませんでした。音大に進む友人がいなくは無かったのですが、当時の彼女たちが音楽を愛し楽しんでいるようには思えませんでした。
何か楽器を演奏するでもなく、ただ”語るだけ”の私はいつも「蚊帳の外」で、好き勝手を言っているだけの門外漢でしかなく、気が付いたら何年も、いえ、それどころか何十年もの間、私にとって音楽は独りで楽しむものでした。
でも今はこうして、遥かに私の理解を超えるお話であったとしても、音楽について熱く語るNoraさんやStanesbyさんの文章に触れることができる。
なんて素敵なんでしょう(嬉)!!
2007年03月07日 22:46
いろんなHNでごめんなさい。
ぺこ <(_ _)>

Noraさん、僕にもいました、Eさんのような友達が。
それも中学生の頃。
僕にクラシック音楽の醍醐味を教えてくれた友達です。
そして彼はいつも僕の一歩も二歩も先を歩いていました。
だから、Noraさんと同じ体験を僕もしました。
一人歩きしたときの嬉しさ・・・です。

BWV646、確かに元になるカンタータが見当たらないと、僕の持っているBrilliantのバッハ全集の解説でも書いてありました。消失したか、あるいは全く新たに作られたものなのかも不明って。バッハの考えることは難しくて、凡人には理解できませぬぅ。

.・゜゜・(/。\)・゜゜・.
2007年03月08日 01:33
 aostaさん、Stanesbyさん、いつもありがとうございます。
 わたしの方はなかなかおじゃまできず、ごめんなさい。でも、新しい記事は、必ず見させて(聴かせて)いただいてます。
 aostaさんの長編連載は、始め爆笑でしたが、(とてもこわくていっしょには旅行したくない)最後はしんみり・・・・で、とてもよかったですし、
 Stanesbyさんの歌声は、とても明るくて、聴いてると気分が晴れやかになり、少しびっくりしました。

 E君は今で言う典型的な俺様キャラで、「共に感じ、語り合った」記憶などまったくなく、これは音楽だけでなく、すべてにおいてそうで、いつもめいわくしてました。
 でも、今のわたしがあるのは、きっとE君のおかげ、というか、E君のせいなのでしょう。
2007年03月08日 07:09
> いつもめいわくしてました。

Noraさん、あはは。
僕のEくんも同じでしたよ。(^-^ ) ニコッ
2007年03月08日 09:56
 ど、同一人物?
 彼、転校したので・・・・。ぞぞぞーーーっ。
2007年03月08日 10:19
> BWV646、消失したか、あるいは全く新たに作られたものなのかも不明って。

 また、寝た子を起こしてしまいましたね。
 このようなところなので、例によって根拠の無いことを堂々と書いてしまいますが、これはカンタータ楽章の編曲で、決して新たに作られたものではありません。(と、思います・・・・)
 バッハの教会カンタータは、約200曲、3年分残されてますが、これは決してドサッとまとめて残されてたのでなく、
 毎週ハードスケジュールで書き散らかされた機会音楽だったことや、息子がアホだったことなどから、ひどく散乱した状態だったものを、歴代の研究者たちが100年単位にわたる努力を継続して、ようやくとりまとめたものです。
 バッハの財産目録には、5年分のカンタータ、とありますし、バッハの若い理解者ピカンンダー君は、「バッハのために」1年分のカンタータの歌詞を書いていますが、ピカンダーカンタータはほんの10曲前後しか現存しません。
 つまり、5年分というのはおおげさだとしても、失われた幻のカンタータは、けっこうな数にのぼるわけです。
(つづく。これ、ほんとに不便だな)
2007年03月08日 11:17
 また、記事にも書いたように、すでに現存するカンタータの中に、シュープラーコラール集に編纂してもおかしくないコラール楽章はたくさん存在していますし、
 シュープラーコラール集編纂の目的(過去の自信作の保存・出版)からしても、最晩年のバッハが、わざわざ1曲だけ新作を書いた、というのは、ちょっと考えられません。
 百歩譲って、せっかく出版するのだから1曲くらい新作を、と考えたのだとしても、この頃のバッハは、それこそ片足を遠い世界に踏み出してしまっているような作曲レヴェルに達しているので、逆にこのような「普通に良い曲」はとても書けなくなってしまっています。
 したがって、BWV646は、上記したような幻のカンタータ楽章からの編曲、と、考えるのが、最も妥当、というわけです。
 また長くなってしまった。好きで書いてるだけなので、ほっといてくださってけっこうです。
 よろしかったら、以前書いた「幻のピカンダー年巻」の記事をご参照ください、と、さりげなく宣伝しておく。
2007年03月08日 20:48
消失・・・のようですね。
深い洞察に恐れ入りました。

CDの解説は英語だったので、全然自信がありません。
Brilliantの名誉のために、付け加えておきます。
(職業病です・・・笑)
2007年03月09日 01:21
 いえいえ。
 原曲が発見されてない以上、「原曲消失か、あるいは新作」とするのが正しいのです。
 ちょっと、調子に乗りすぎました。(笑)
 ごめんなさい。

 Brilliantは、カンタータも含む、全集をお持ちなんですか?
 それならぜひ、今後もいっしょにカンタータを聴いていきましょう。
 悪く言う方もいますが、なかなか良い演奏も含まれていて、バカにはできないというウワサです。

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