My Favorite CD 2006 <古楽・その他編>

 その他のCDを一気にご紹介。
 
 まず、シベリウス。
 わたしは、ブルックナーと同じくらい、シベリウスが好きです。
 きっかけは、福永武彦の「死の島」に出会ったこと。
 それからというもの、この北欧の作曲家の、独特の魅力にとりつかれてしまった。

 わたしは、もし旅行に行くなら、今は断然南の島ですが、
 昔は北の方ばかり行っていました。 
 今でも、気持ちの上でなら、北への憧れみたいなものも、けっこう強いのです。
 (でも、やはり寒いのはいやなので、苦手なので、実際に行くのはちょっと・・・・)

 もちろん、シベリウスコンサートには、なるべくでかけます。
 ちょっとした旅行気分。

 ヤルヴィ、セーゲルスタムヴァンスカ・・・・。
 これまで、いわゆる「シベリウス指揮者」と言われている人のコンサートには必ず行き、
 その度にかけがえのない感動体験をしてきましたが、
 残念ながら、かんじんのベルグルンドを聴く機会に恵まれていません。
 そのうっぷんをはらしてくれるように、昨年、すばらしいライブ盤がリリースされました。

▽ シベリウス 交響曲第2番、第7番
    ベルグルンド、ロンドンフィル

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 この前、ブルックナーのところでご紹介したハイティンク盤と同様、
 ロンドン・フィルの自主制作CDです。
 北欧のオケではありませんが、イギリスのオケは、昔からなぜかシベリウスが得意なので、OKです。
 ほんとうは、2番ではなく、5番か6番だったら、もっとうれしかったんですが、
 この点については、ロンドン・フィルなので、かえって2番の方がよかったのかも。



▽ シベリウス 交響曲全集
    ヤルヴィ、エーテボリ響

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 ちょっと前になってしまいますが、御大ネーメ・ヤルヴィの全集もリリースされました。
 超版名盤BISの全集にくらべると、評判もいまいちで、あまり話題にもなりませんでしたが、
 とんでもない。
 現在の巨匠の絶対無二の境地を伝えるかけがえのない全集。
 録音もすばらしい。
 スポンサーの VOLVO のロゴもかっこいい。

 数年前、幸運にも、このコンビのコンサートを体験することができました。
 しかも、曲は、5番!
 「ロード・オブ・ザ・リング」のエントたちそのままの、美しい楽団員。
 大きな大きなヤルヴィ。
 北欧の風、さらには、オーロラのかかる宇宙の風が、舞台からそのまま吹き付けてくるかのような、すさまじいライブでした。
 その貴重なライブ体験を彷彿とさせる名演。



 さて、前にも書きましたが、わたしは、晩年のR.シュトラウスが大好きです。

▽ R.シュトラウス 二重協奏曲
    デプリースト、フックス(cl)、ガレール(bassoon)、オーケストラ・アンサンブル・金沢

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 モーツァルトのコンチェルトをさらに純化して、近代によみがえらせたかのような、R.シュトラウス晩年の美しいコンチェルトには、
 昔のケンペ盤を始め、ベルリン・フィルのカラヤン盤、ウィーン・フィルのプレヴィン盤と、名盤がたくさんありますが、
 このデプリーストの、デュエット・コンチェルトの最新盤は、それらに負けない、というか、さらに結晶化させたかのような名演。
 その秘密は、少人数編成のオケの透明な響きと、デプリーストの心のこもった丁寧な指揮、それともちろんソリストのうまさにあります。

 デプリーストは、一昨年、都響の常任に就任した黒人の指揮者。
 マンガ「のだめ」ですっかり有名になりましたが、このライブは何年か前のもの。
 わたしは就任直後に「田園」を聴きましたが、
 車イスでの指揮ながら、名前のとおりの巨体を大きく動かして、とてもあたたかい演奏をする人で、今後も期待しています。

 カップリング、というか、メインの「スコットランド」というのは、まったく知りませんし、まだ聴いてません。
 でも、わたしたちバッハのかかわる者は、決してメンデルスゾーン先生を邪険にはできませんので、今度聴いてみます。



▽ R.シュトラウス 歌劇「ダフネ」
    ビシュコフ、フレミング、ケルン放送交響楽団、他
 
画像 R.シュトラウスのオペラは、ブルゴーニュ・シャンソンと並び、
 この世で最も美しい音楽なのではないか、と思います。
 (わたしは)

 特に晩年のオペラは、その美しさにどんどん透明感が加わり、
 この「ダフネ」など、
 すでにこの世のものとも思えない気配を漂わせています。

 ベームの名盤がありましたが、録音が少し古く、せっかくの美しい響きが100%伝わりきらないのが難点でしたが、この最新盤は、演奏、録音とも考え得る最高のデキ。
 フィナーレ、ダフネが月桂樹の樹に変容する場面を聴いて、身も心も陶然とならない人がいるでしょうか。



 と、いうわけで、シュトラウスのオペラに続いては、やはり、ブルゴーニュ・シャンソンをご紹介しましょう。
 最後になってしまいましたが、古楽のCDです。


 この前書いた、ブルゴーニュ・シャンソンのCD編
 お約束の定盤だけで力つきてしまい、最新の魅力的なCDをまったく紹介できませんでしたが、
 昨年、これまでのすべてのCDが霞んでしまうくらいの超強力盤、決定盤がリリースされたので、
 とりあえず、ここで、それだけでもご紹介しておくことにします。

▽ デュファイ シャンソン集
    カンティカ・シンフォニア

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 ちょっと前、同グループによる、この世のものとも思えぬほど美しいモテトゥス集がでて、
(器楽伴奏付)
 わたしたちを陶然とさせてくれましたが、
 デュファイ第2弾として、満を持してリリースされたこのシャンソン集には、ただただ、もう、びっくり、あぜん。

 これまで、深い霧の向こうに、垣間見ることしかできなかった夢幻の世界が、最新のCG技術によって、突然、鮮やかな、極彩色の像を結んだ・・・・
 とでも言えばいいのでしょうか。
 ちょっと、見てはいけないものが見えてしまったような気も・・・・。
 おそろしい。
 まあ、いずれにしても、一言で言うなら、美の極致。究極の1枚です。


 カンティカ・シンフォニアは、女声と器楽を前面に押し出したグループ。
 レーベルはちがいますが、
 デュファイ晩年の最高傑作、ミサ「アヴェ・ヴェロム・チェロールム」の超名盤もあります。
 
 このミサとシャンソンの両名盤は、古楽ファン必携!
 セットでそろえて、デュファイの切り開いたルネッサンスの風に親しんでください。
 古楽のCDは、どんな名盤であろうと、すぐに入手困難になるので、
 入手できるうちに、ぜひ。


 他にも、古楽のCDは良いものがけっこうでましたが、これ以外は、とても絞りきることができません。
 この超強力シャンソン集で代表させることにして、今後、「源流の旅」の記事の中ででも、ご紹介していけたら、と思います。



 その他、ヘンデル、フォーレ他のクラシックから、ジャズ、島唄まで、ご紹介したいCDはまだまだたくさんありますが、きりが無いので、このあたりでやめておきます。
 あとは、また、個別の記事で。
  


そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

2007年03月17日 19:02
いや、恐れ入りました。
古楽というタイトルで読ませて戴いたのですが、
いきなりシベリウス、そしてリヒャルト・シュトラウスも。
よく見たら、"古楽・その他"とありました。
今度、枕を持って、Noraさんのオーディオルームに伺いたいです。

R.シュトラウスのオペラは独特な雰囲気があります。エレクトラとかアラベラとか、有名なものを、それもLD(なんと!)で見ただけなのですが、惹かれるものがあります。薔薇の騎士もクラシックで好きです。

あらら、コメントも古楽ではなくなってしまいました。(笑)
2007年03月18日 02:49
 こんばんは。
 バッハや古楽だけだと読んでくださる方もつまらないと思って、この何回か、ちょっとムリして書いてみました。
 実は、もう、いっぱいいっぱいです。(笑)

 カンタータや古楽のCDは、輸入盤しかないものがほとんどで、まずそちらを優先しないといけないので、普通に国内盤のあるCDは、ほとんど図書館で借りています。(東京の図書館はすごいなあ、と、思います)
 ですから、残念ながら、家にはあまりおもしろいCDはありません。
 それに、そもそも、わが家にオーディオ・ルームなんかありません。(笑)
2007年03月18日 21:39
こんばんは。

私がシベリウスを聴くきっかけとなったのも福永武彦でした。
「草の花」でしたか、「トウォネラの白鳥」について主人公とその友人が語りあうシーン。「死の島」においても同じかもしれませんが福永の作品に出てくるシベリウスは、死の濃厚な香りを放っていました。

北欧神話における重く憂鬱な精神性。
絶えず自らの死と向かい合い、死を通してシベリウスを聞いていた福永。
シベリウスの神秘的で幽谷を思わせるメロディーに陶酔した遥かな日々を思い出しました。
2007年03月19日 20:58
 コメント&トラックバック、ありがとうございます。

 「死の島」には、主人公が書いた「トゥオネラの白鳥」や「カロンの艀」などの小説の断片が登場しますね。
 それで、わたしもまず、「トゥオネラの白鳥」などの交響詩を聴いて、小説に表現されている「滅びの世界」のようなものに通じる、厳しい美しさに陶然となりました。
 でも、主人公の相馬鼎くんは、「トゥオネラの白鳥」ような美しい描写そのものではなく、それをめちゃくちゃに切り刻んで、作者の主観で再構築したものこそが、ほんとうの芸術だ!と、長々とガールフレンド相手に力説し、その代表として、第4や最後の第7をあげ、ガールフレンドに、「まるでおもしろくないわ」とあきれられるのです。
 そこで、もちろんわたしも、次に、第4や、晩年の第6、第7、タピオラなどを聴いてみたのですが、
 これにはもう、びっくりしました。(つづく)
2007年03月19日 21:31
 aostaさんがおっしゃるように、
 「トゥオネラの白鳥」が冥界を連想させる美しさだとすると、
 第6や第7は、冥王星をはるかに突き抜けた先、宇宙の果ての美しさ、とでも言ったらいいのでしょうか、
 とにかく、若かったわたしの感性では計り知れないようなものに触れた気がして、ゾクゾクしたのを覚えてます。

 そして、
 ああ、これは、「死の島」だ、と思いました。
 「死の島」で、福永武彦がやりたかったのは、これだったんだ、と、心から納得してしまいました。
(さらに、つづく。記事にすればよかった)
2007年03月19日 21:46
(以下、ネタばれ注意)
 ご存知のように、「死の島」は無数の断片の集合体、巨大なコラージュです。
 主人公の書いた小説の断片、複数の人物の心象風景の断片、そして、物語の骨子となる時間軸さえもが細かく分断されて、それらが、バラバラに配置されている。
 そして、最後、そのメインの時間軸が一つでなかったことがあきらかにされ、壮大な全体が姿をあらわすのですが、
 これは、まさに、第7の世界、
 相馬鼎くんが力説していた、交響楽的世界に他なりません。

 だから、「死の島」は、ほんとうの意味で、音楽的な小説だと思います。
 単に外観や形式を真似ただけでない、真の意味での。

 1970年と言えば、カラヤンの第6、第7が録音され、ようやくこれらの曲が一般的に聴き始められた頃です。
 そんな時代に、正しく第7の世界を目指し、「死の島」を書き上げた、
 福永武彦、恐るべし。
2007年03月20日 09:29
 今朝、冷静に読み返してみたら、
 必要以上に力説してるのは、わたし、でした。
 これじゃ、誰だろうとあきれてしまいますね。
 鼎くん、とても他人とは思えません。
2007年03月20日 11:56
Noraさんこんにちは。
必要以上に力説している?なんてちっとも思いませんでした。
むしろ私の思い違いに気づくと同時に、ああ、そうだった!と独りうなずいてしばし興奮状態(笑い)でした。

「死の島」は、当時高校生だった私の手には余る巨大さで、私を押しつぶしにかかりました。息が詰まるような圧迫感、あれはなんだったのでしょう。
福永のあの洗練された言葉で紡がれた、愛の孤絶、その痛みが重層的な時間の流れの中で対位法のように語られていくさまは、Noraさんのおっしゃられるように「ほんとうの意味で、音楽的な小説」というべきなのかもしれません。

読まなくてはならない本、読みたい本。
すでにリストはいっぱいなのですが、この「死の島」にもう一度挑戦してみようという気持ちがむらむらと沸き起こってしまいました。(笑)

『福永武彦、恐るべし。』・・・まさに、同感です。

2007年03月20日 12:16
気が付いてみれば、私がブログなるものを始めてさいしょにアップしたのは、福永武彦の前夫人であり、池澤夏樹の母である原條あき子について。
まだ何を描いていいかもわからず、まったくの手探りの中でふと「書きたい」と思ったのが、幼かった夏樹に寄せたあき子の詩、『やがて麗しい五月がおとずれ』でした。
 もちろんこの詩への私の個人的な思い入れもあったのですが、十代の頃抱いた福永武彦への想いは、その後もずっと、あたかも密やかな通奏低音のように、私の心の中で鳴り続けていたことを、今更ながら知らされた気がしました。
その思いは福永一人だけにとどまらず、彼に繋がる人々への想い、彼が愛した音楽への想いへとひろがってきたようにも思います。
2007年03月20日 14:59
> 「死の島」は、当時高校生だった私の手には余る巨大さで、私を押しつぶしにかかりました。息が詰まるような圧迫感、あれはなんだったのでしょう。

 わたしは、新潮文庫で読みましたが、
 あの分厚さ、(しかも上下2巻)
 ムンクか誰かの重苦しい表紙絵、
 カタカナだけの文章が何ページも続く中身、
 あれで、圧迫感を感じないとしたら、そちらの方がちょっと問題なのでは・・・・。(笑)
(案の上、かなり前に絶版になってしまったようです。それはそれで、また問題ですけど)

 わたしは、いやでいやでたまらず、また例によって読んだフリしてごまかそうとしましたが、いきなりばれて、これだけは読め、と、怒られました。
 で、泣く泣く読み出したら、意外とおもしろくて、結局最後まで一気読みしてしまいました。
2007年03月20日 15:12
 もし、再読なさることがあったら、その上であらためて、難渋と言われるシベリウスの第4以後のシンフォニーを聴いてみてください。
 ちょっとちがって聴こえるはず。
 特に、やはり第7。
 あの20分たらずの作品が、「死の島」にも劣らぬほど内容のつまった「超大作」であることが実感できると思います。
 福永作品は、どんな評論家にもまさる、シベリウス音楽の案内役です。

 でも、やはりまずは、第6、第5あたりでしょうか。
 なんと言っても、飛びぬけて、美しい!
 モチーフの切り刻み方が、まだ少ないですもんね。
2007年03月20日 22:23
やっぱり絶版なのですね。
実は今日、本屋さんに行ってこの本を探したのです。
確か新潮文庫で出ていたはず・・・
と、もうはるか古の記憶を頼りに、あの懐かしいブルーグレーの背表紙を探したのですが、「死の島」どころか、福永の作品は一冊もみあたりませんでした。
 店のカウンターにはアルバイトの男の子が一人だけ。
聞いても無駄な予感がして、そのまま帰ってきてしまいました。
絶版ですか・・・
かくなる上は、顔見知りの古書店に当たってみます。
首尾よく手に入れることができたあかつきには、あらかじめシベリウスのCDを準備してから、読み始めることにします(笑い)!

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