バッハの源流への旅・番外編~オケゲム、再び

オケゲム / ミサ 『エッチェ・アンチルラ・ドミニ』」について

 aostaさんが、オケゲムの、高名な割には実際にはほとんど聴く機会の無いミサ、
 「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」のCDの、すばらしい記事をお書きになりました。

 よけいな先入観無しに作品と向き合って、生き生きとした感想を、感動的な文章でつづってらっしゃるので、ほんとはそれだけで十分、後は何も必要ないのですが、
 ところで、オケゲムって、いったい誰だ?と興味を持たれた方のためだけに、
 まったくの蛇足の文章を書かせていただきます。


 この「源流の旅」も、デュファイたちフランドル楽派から、さらに中世へと、すでに旅立ったところですが、せっかくなので、また、ちょっと、戻ります。御了承ください。



 オケゲムは、ルネッサンス初期、フランドル楽派の大作曲家。
 ただ、一般的な「フランドル楽派」のイメージは、そのまま、イコール、現在最も人気のあってよく聴かれるジョスカン・ルブロワットのイメージで、
 それにいたるデュファイ、オケゲムは、そのような枠からは大きく逸脱する特別な作曲家です。
 特にオケゲムは、音楽史の中でもひときわ異彩を放つ、ワン・アンド・オンリーな存在だと思います。


 オケゲムの音楽の特徴は、何と言っても、対位法の徹底的な追究。

 アクロバティックなまでに、規則的、数理的な要素を極限まで遵守したかと思うと、
 メロディもリズムもまったくバラバラな、まったく何の関係もないようなフレーズを、いくつも同時に重ねてみたり、
 その試みは実に多岐にわたり、それだけでも、驚くほどですが、
 それだけだったら、まあ、他の作曲家でもやっていることです。

 オケゲムが、他の作曲家と決定的に異なるのは、
 そのような、対位法的側面が複雑になればなるほど、
 なぜか音楽が、生き生きと、美しく、さらには「叙情性」さえ増してゆく、
 という点にあります。
 この1点において、彼は、J.S.バッハと直接対峙するような、音楽史上にそびえる孤高の存在となっています。


 以前、その最もすさまじい例として、ミサ「プロラツィオーヌム」をあげたことがありました。
(↑この記事のページから、試聴ができ、また、楽譜の絵には、現代譜もかくしてありますので、興味のある方は、ぜひ、感じだけでもつかんでいただきたいと思います)

 そして、実は、このミサ「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」も、
 オケゲムの超絶対位法技法追究求の好例として、必ずあげられるものなのです。


 この曲でオケゲムがこだわったのは、
 「惑星の音階」の記事等でも話題にした、音楽の数理的原理。

 よく、ピラミッドや、すぐれた建築、絵画などは、どの部分の長さを測っても、同じ比率になっている、というようなことが言われますが、あれと同じ。

 この曲の場合、
 全体の構成から、テーマの音数、テーマの登場回数、音符や休符の長さ、
 その他ありとあらゆる要素が、
 ガブリエルがマリアに告げる言葉、<Ave Maria Ggratia plena> の、
 前半の Ave Maria と、後半の Ggratia plena のアルファベット番号の総和の比率(=2:3)をベースにして構築されています。

 わたしもよくわかりませんが、さらに細かく見ると、他にもいろいろなことがあるようです。


 さて、この曲の場合、そのような形で、すごい、すごい、と言われながら、
 「プロラツィオーヌム」とちがって、ほとんど耳にする機会がありませんでした。

 そして、その幻の音楽が、実際にどのようなものなのか、

 それは、aostaさんが、記事の中で、美しい表現で表現なさってくださってます!
 まさに、そのとおりの音楽だと、わたしも思います。

 オケゲムがどのように特別な作曲家か、これによって、みなさん、実感していただけるのではないでしょうか。


 いつものとおり、ごちゃごちゃゴタクを言ってきましたが、つまり、いい音楽はいい、ということ。


▽ 手元に、ミサ「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」の楽譜が無かったので、
  かわりに、すさまじい超絶技巧で知られる、残りのもう1曲、
  ミサ「クユスヴィス・トニ」。
  この曲の場合、当時の4つの異なる旋法(ドリア・フリジア・リュディア・ミクソリュディア)で、
  演奏可能。
  いつものように、現代譜がかくしてあるので、クリックして見ていただきたいのですが、
  はじめに、四種類の調性記号がついてます。
  つまり、一つの楽譜で、四種類の音楽が演奏できる、ということ。

画像




 この「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」については、
 実は、デュファイにも、すばらしいミサがあります。

 これも、あまり聴く機会が無い曲でしたが、
 アンサンブル・ジル・バンショワが、満を持してデュファイのミサを録音する際、
 この曲を選択し、そのあまりのすばらしさに、古楽ファンは気絶しそうになりました。
(わたしだけ?)


 aostaさんの記事に、「バンショワの弟子という説」との言及がありますが、
 デュファイ、バンショワとオケゲム、そして、ジョスカンの間には、
 これまで考えられてきた以上の、ある意味単なる師弟関係を超えたような強い結びつきがあったと思われます。

 例えば、オケゲムは、デュファイの代表的なミサ曲のすべてを、自分でも作曲しています。
 「ロムアルメ」
 この「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」、
 そして、レクイエム、
 さすがに大先生の恋の歌、「ス・ラ・ファセ・パル」は恐れ多かったようですが、
 それでも先生にならい、自作やバンショワの恋の歌をミサにしています。
(ただ、レクイエムは、デュファイの伝説的名作が行方不明のため、オケゲムのものが史上初、ということになっています)

 また、ルブロワットも、デュファイ、オケゲムにならい、2曲もの「ロム・アルメ」を作曲していますし、
 それこそ、フランドル楽派、さらにはルネッサンスを代表するルブロワットのモテトゥス、
 「アヴェ・マリス・ステラ」は、デュファイのモテトゥスに、そのまま続きを書き足したものです。

 そして、
 オケゲムは、デュファイとバンショワに、
 ルブルワットはオケゲムに、
 それぞれ感動的な挽歌を捧げているのです。
(オケゲムのデュファイへの挽歌も、伝説的名作ですが、これも行方不明)


 ただ、ここにあげた、それぞれの師事関係は、直接親しく教えを受けた、というより、
 音楽的にも、人間的にも、心から心酔し、影響を受けた、と言う感じかもしれません。

 オケゲムが第一線に登場した時、デュファイの名は、全ヨーロッパ中に轟きわたり、その存在は影響を受けざるを得ないほど巨大だったでしょうし、
 その後は、オケゲム自身がそのような存在になっていましたから。

 デュファイ、オケゲム、ルブロワット、この3人の大作曲家に関するイメージは、
 以前他の目的のために書いた文章を、記事としてアップしてますので
 興味ある方は、どうぞ、ごらんになってください。



 ターナー、プロ・カンティオーネ・アンティクヮの歴史的演奏は、すばらしい演奏だと思います。
 このCDは、ほんの数年前に、ようやく初CD化されたもので、
 それまでは、そもそもこの「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」という曲自体、ほとんど耳にすることができなかったのです。


 オケゲム、実は、ものすごく演奏が難しい作曲家です。

 以前記事に書きましたが、古楽の世界でも、それぞれの演奏家の得意分野が明確化して、それぞれがすばらしく個性的で特徴的な演奏をしてくれるようになりました。
 ところが、オケゲムの場合、先に書いたような、ワン・アンド・オンリー的な性格が災いし、
 中世専門グループがやるには、ルネッサンス風すぎて、ルネッサンス専門グループがやるには、中世風すぎていて、なかなか手が出せないのです。
 クラークス・グループという、オケゲム専門みたいなグループまでがあるほど。

 オケゲムの代表曲は、何といっても、
 先ほど御紹介した「プロラツィオーヌム」と、レクイエム、ですが、
 もちろん、決定的な名演が存在します。

 ヒリヤード・アンサンブル、ホルテン&ムシカ・フィクタが、両曲に、それぞれ、すばらしい演奏を録音しているのですが、
 でも、ヒリヤードは、オールマイティーな声楽アンサンブル、
 ホルテンにいたっては、現代音楽作曲家で、どちらも専門的な演奏家ではありません。


 このターナー&プロ・カンティオーネ・アンティクヮ盤も、特に、中世だ、ルネサンスだ、と細かいことを言わずに、
 一声楽作品として、正面から向き合い、堂々とした正攻法で、しかも器楽までつけて演奏したものです。
 それがよかったのでしょう。古さが、今となっては新しい、というか。
 そのあたりにオケゲムの秘密があるような気もします。


 相当古い演奏なので、(’72)CD化されたとき、それほど期待せずに聴いたのですが、
 演奏があまりにも美しく堂々としているので、びっくりしてしまい、たちまち愛聴盤になりました。

 同様のことが、同じDHMの初CD化シリーズの、
 デュファイ、ミサ「ス・ラ・ファセ・パル」にも言えます。
 テルツ少年合唱団&ソリストたち。こちらはさらに古くて、何と’64年。
 カンタータの名演でおなじみの、トマスカントル、ヨアヒム・ロッチュが、テノールで参加している、というだけで、もう、涙もの。


 でも、大物古楽グループも、ただ手をこまねいて見ているわけではありません。

 中世専門の
 アンサンブル・オルガヌムが、レクイエム、
 アンサンブル・ジル・バンショワが、シャンソンに、

 ルネッサンス専門のタリス・スコラーズが、
 ミサ「ド・プリュ・ザン・プリュ」に、

 あえて挑戦し、それぞれすばらしい成果をおさめてます。

 もし機会があったら、
 たった4人の声だけでも、
 大河、海、さらには宇宙に通じるような、壮大で美しい世界が広がるのを、ぜひお聴きになってみてください。



そのほかの「記事目次」


「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

画像





この記事へのコメント

2007年07月26日 16:03
Noraさん、素晴らしいTBをありがとうございました!
これから、明日までちょっと留守をいたしますので、帰りましたら、ゆっくり拝見させていただきます。

実は、ちらっと斜め読みしただけしました。
それだけでドキドキしています。
こんなに素晴らしい記事をTBしていただけて幸せです。
Nacky
2007年07月26日 23:48
こんばんは。
済みません。先の記事で「小ミサ曲ト短調」を見かけたものですから。
でも、出遅れてしまったので最新記事のことらでコメントさせて
いただきます。
BWV187は友人からいただいたCDを所有しておりますが、
今日は、小ミサ曲ト短調を歌った時の印象をちょっとだけお話しさせて
いただきます。
次なる演奏会に向けての選曲ということで、M.フレーミッヒ氏が
指揮されるレコードを購入して、初めて聴いたのが二十数年前。
第1曲・冒頭合唱の前奏のほんの数小節で既にメロメロになって
しまいました(汗)。
実にオーボエが美しい曲です。
特に「Christe eleison」と繰り返して行くあたりは、そのあまりの
美しさに、歌っている者全員、トランス状態になりどこかへ飛んで
いってしまいますので非常に危険です。
指揮者とは、そこで歌い演奏する者を現実の世界に引き戻すために
存在するのだと、真剣に思いましたね(笑)。
バッハの曲はこんなのばっかりです(汗)。
2007年07月27日 15:53
 aostaさん。気をつけて、お出かけになってくださいね。
 この記事は、何から何まで、aostaさんがお書きになったすばらしい文章への、おせっかいな注釈にすぎません。そのうち時間のある時にでも、お読みいただき、フランドル楽派を少しでも身近に感じていただければ、こんなにうれしいことはありません。

 それにしても、ちょっとだけ書くつもりが、止まらなくなり、内容が、どんどんふくれていってしまった。(笑)やっぱり、好きなんですね。
2007年07月27日 16:02
 Nackyさん。こんにちは。

> 指揮者とは、そこで歌い演奏する者を現実の世界に引き戻すために
存在するのだ

 そ、そうだったんですかー。(大笑)
 なるほど。それでわかりました。
 わたしは、ミサ曲集は、パーセルQ+ソリストのOVPPのものを愛聴しているのですが、この演奏が夢のように美しいのは、指揮者がいなくて、みんな、どこか遠い世界に行ってしまってるからなわけですね。

 Nackyさんのコメントを見て、思わずミサを聴いてしまいましたが、
 BWV187も、ミサも、どちらもほんとうにすばらしい。
 特に、ミサの研ぎ澄まされた筆致には、この記事に書いた、オケゲムなどの巨星に近づこうとする、バッハの覚悟みたいなものが感じられます。 

 今後は、ミサ曲の原曲も次々と登場します。また気軽にお立ち寄りください。
2007年07月28日 11:07
Noraさん、こんにちは!
元気に帰ってまいりました。
なんて、随分遠くまで出かけたような書き方をしてしまいましたが、隣町でチェンバロやハーディーガーディー(!)を作っていらっしゃる友人宅に、Sさんと一緒にうかがいました。
奥様の暖かいおもてなしと美味しいワイン。
話題はやっぱり音楽!
ご主人が自ら仕込んだキャラウェイ・シードやアニス、ミントなどの薬草酒のおかげでしょうか、日付が変わった事も知らないまま、飲んでおしゃべりをしたにも関わらず、翌朝はすっきり目覚めました。
朝食の準備をしている間にも、楽器の音が聞こえて来ました。

Noraさん、信州においでの際は是非にもご案内させてくださいね。
チェンバロ製作者のOさんは、なぜかチェンバロではなくヴオラ・ダ・ガンバを演奏なさる方です。そしてSさんはリコーダー。
奥様も音楽を心から愛される素敵な方。
Noraさんの深いお話をご一緒に楽しむことができたら、どんなにか素晴らしいでしょう。
2007年07月29日 14:23
 おかえりなさい、aostaさん。
 ハーディーガーディーというと、ラ・トゥールの絵によく出てくる、セミみたいなかっこうのやつですね。
 と、いうことは、aostaさん、実物を見たり、音を聴いたりなさったわけですね。なんてすばらしい!

 薬草酒、というのも、おいしそう。これならわたしでも飲めそうです。と、いうより、必要かもしれません。(笑)

 aostaさんのブログやコメントを拝見させていただいていると、aostaさんが生き生きと、すてきな出会いや交流を重ねていかれる様子がよくわかって、こちらまでワクワクしてしまいます。これからも、ぜひ、いろいろなお話を聞かせてくださいね。
2007年07月29日 14:25
(つづき)

 それにしても、楽器を作られる、というのは、ほんとうに、すばらしいお仕事ですね。
 これまでも書いてきましたが、音楽は、作曲家と演奏家がいればそれでいいのではなく、
 そのように楽器を作られる方はもちろん、音楽の研究や楽譜の整理等をなさる方、CDだったらレコード会社、コンサートだったらプロモーターの方、エンジニアや音響の技術者の方や、スタジオやホール等の管理をされる方にいたるまで、実に多くの方々の努力によって、ようやくわたしたちのところまで届けられるものだと思うのです。
 バッハについても、そもそも、一地方の一ソプラノ歌手にすぎなかった奥さんの、献身的な努力が無ければ、わたしたちは、こんなにたくさんの作品を聴く事はできなかったでしょう。
 aostaさんのコメントを読んでいたら、そんなことをあらためて実感してしまいました。
 そして。
 わたしはというと、クーラーのきいた部屋で寝転びながら、そのように引き継がれてきた音楽の数々を、ただのんきに聴いている、一番の幸せものなわけです。
2007年08月04日 06:32
Noraさん、おはようございます。


Oさんの作品、よろしければご覧下さい。
URLはこちらです。→http://homepage1.nifty.com/obuchi/

私は、ちょっと勘違いをしていて
ハーディーガーディーと「ガイゲンベルク」を混同しておりました。
Oさんが作っていらっしゃるのは、マドリッドで見されたレオナルドの手稿を下におそらく世界で始めて復元されたであろ「ガイゲンベルク」という楽器です。Oさんの説明の中にハーディーガーディーがでてきたので、ごっちゃになってしまいました。すみません!
2007年08月04日 06:33
話は変わりますが、先日出かけた松本のCDショップで50~75%offという信じがたいセールで、またもや、のブリリアントですが”O magnum mysterium"という4枚組みCDを手に入れました。
デュファイ、オケゲムはじめイザークやブリュメルといった作曲家のミサ曲を中心にした "Renaisaannce Flemish Polyphonists,between 1400-1500"と副題が付いたものです。きっとNoraさんはご存知の曲なのでしょうが、私にはほとんど始めてのものばかりなので、ちょっとわくわくしています。
2007年08月05日 18:57
 aostaさん。こんにちは。
 ガイゲンベルグとなると、それこそ、見たことも聞いたこともありませんでしたが、おかげ様で音色まで聞くことができました。ありがとうございます。
 よくわかりませんが、しくみはやはり、ヴィエル(ハーディーガーディー)と似ているのでしょうか??不思議な音色がすてきですね。
 HPにアントレの記事が出ていましたが、これは確か、以前読んでとても関心を持ったおぼえがあります。今まですっかり忘れていましたのに、aostaさんのおかげで、こうしてまた詳細を知ることができました。
2007年08月05日 19:31
 もともと、ブリリアントなら、4枚組みでもお手ごろな値段だと思うのですが、そのさらに50~70%offですか!
 でも、例え安価とは言え、「ほとんど始めて」のものに手を出される、というところが、さすが、aostaさん。(笑)
 でも、結果は大正解かもしれません。
 
 このセットについては、いろいろとコメントしたいことがあるのですが、この欄だとめんどうなので、またコメントページを書いてしまいました。
 お聴きになる時にでも、参考にしていただければうれしいです。

 →→右URL欄→→

この記事へのトラックバック

過去ログ

テーマ別記事