最近観たアジアの映画~「風の前奏曲」+東西を結ぶ民族楽器・ツィンバロンのこと+三位一体節後第8日曜日
7月13日は、三位一体節後第8日曜日。
カンタータは、
おそらく初期作を改作した第1年巻、BWV136、(これもミサ原曲)
第2年巻のコラール・カンタータ、BWV178、
後期のBWV45、
の3曲です。
昨年の記事はこちら。
* * *
先月、世界のさまざまな国の映画の記事を書いたところですが、
引き続き、アジア各国の映画を、いくつか見ましたので、今回はそれをご紹介します。
まずは、タイの映画。
風の前奏曲 THE OVERTURE
(2004年、タイ映画、イッティスーントーン・ウィチャイラック監督作品)
タイ国王ラマ8世(現在のプミポン国王の兄)に仕えた宮廷音楽家、
ソーン・シラパバンレーン(尊称:ルアン・プラディット・パイロ)をモデルに、
一人の偉大なラナート奏者の生涯を、正面から描ききった、正統的な音楽映画。
ゆったりとしたテンポ、格調高い美しい映像。
ごくごくあたりまえの、オーソドックスなつくりで、特に新しい演出などは無いのかもしれませんが、
音楽のすべてがつまっているような、堂々たる大作だと思います。
ラナートは、美しい船型の共鳴盤に、木製の鍵盤をのせた、木琴のような楽器で、タイの古典楽団のメインとなる楽器の一つです。
イラスト参照。
また、昨年のタイ・フェスティバルの記事に実物の写真があります。こちら。
冒頭、
やしの木を始めとする、熱帯植物の瑞々しい緑があふれる、タイの小さな村、
清々しい光。鳥のさえずり。
ソーン少年が、一匹の蝶に導かれて、暗い蔵の中のラナートと出会います。
なんて美しい!すでに、このシーンからして、反則です。
この熱帯の空気感は、絶対に他の国の映画ではマネできない。
背景や何もかもが、もうすでに始めから、真実にあふれている。
美しく豊かな自然、
村や街の素朴な建物から、宮殿などまで、歴史を感じさせる建物の数々、
すべてが鮮やかな夢のようですばらしい。
物語は、
19世紀末のシャム王国、
少年~青年時代の夢多き若者ソーンが、さまざまな挫折を乗り越えてラナートの一流奏者として認められるまでの葛藤と、
最晩年、1930年代の日タイ同盟軍事政権下のタイにおいて、
すでに国民的奏者となっているソーン師が、戦争と国家から音楽を守り抜こうとする壮絶な戦いとが、
交互に描かれることで、淡々と進行し、
最終的に、ソーンの全生涯が見事に浮かび上がるようになっています。
若い頃のエピソードが、熱帯ならではの極めてカラフルで美しい鮮烈な映像なのに対し、晩年のエピソードがくすんだモノトーンに近い色調なのも見事。
若いソーンのラナート修業は、スポ根ドラマそのまんま。
宿命のライバルは、風を呼び、嵐を呼ぶ、黒衣の天才ラナート奏者、クンイン。(笑)
ソーン君、クンインに何度も打ちのめされ、もがき苦しみながら、(途中にちらっと恋もあり)
やがて、独自の「そよ風の奏法」を会得して、ついに宮廷音楽家に登りつめます。
クンインとの最後のラナート勝負の場面は壮絶、圧巻。
タイの古典音楽の演奏会が、なぜか必ず勝負型式なのが、??ですが。
このあたり、エンターテインメントとしても十分楽しめる。
ちなみに、このクンインを演じているのは、ナロンリット・トーサガーさん。
実際にタイを代表するラナート奏者だそうです。かっこいい。
印象に残っている登場人物は、少年の頃から亡くなるまで、ソーンを支え続けた、おさななじみの親友ティウ。
ソーンに、いっしょに音楽をやろうよ、と言われ、
「音楽には、聴き手が必要だろ?おれがそれになるよ」と答えたティウ。
彼は生涯それを貫き、最後はソーンを看取ります。
正しく彼の言うとおり。わたしもかくありたい。
印象に残ったせりふ。
いろいろな事情から、ラナート奏者になることを禁じられていたソーンが、とうとう父(ラナートの師匠)から入門を許された時に、贈られた言葉。
「正しく生きると約束しなさい。
音楽を悪用したり、人を踏みにじったりしないこと。
常に音楽を敬えば、視野は開け、未踏の境地に達し、至福の喜びを地上にもたらすだろう」
(以上、うろおぼえ)
まっとうすぎるくらいの言葉ですが、これこそ、音楽の真実。
バッハの顔が頭に浮かんでしまった。
一番、印象に残ったシーン。
ジャズに夢中になってる息子に、老ソーンが、ピアノを弾いてみろ、といいます。
顔色を伺いながら、恐る恐るビング・クロスビー(「わたしの青空」)を弾き出す息子。
ソーンは静かにラナートの前に座り、息子のピアノに合わせて即興演奏を始めます。
息子は驚きますが、すぐに興が乗ってくる。
いつまでも楽しそうにデュエットを続ける親子。
この演奏がほんとうにすばらしい!
ラナートによる堂々たるスィング。
もちろん、実際にはソーン師の演奏ではないのですが、ほんとうにソーンさんが弾いてるかのように、生き生きとして精彩があった。
この部分もまた、音楽の核心に迫っている。
これ以外にも、
晩年のエピソード最大のテーマ、音楽と政治・戦争などに関する描写も、ちょっと観るとありがちな物語かもしれませんが、とても真摯で、
始めに書いたように、音楽のあらゆる側面を、堂々と描ききった、すばらしい作品だと思います。
最後に、老ソーンを演じた俳優、アドゥン・ドゥンヤラットさん。
タイ映画の重鎮とのことですが、すごい。
超然とした佇まい、やさしい瞳、ソーン師以外の何物でもありません。ソーン師など、見たことありませんが。
以前、わたしの好きな映画界の世界3大おじいさんについて、ちょっと書きましたが、この方も加え、4大おじいさんにします。
あと、タイの大衆劇、リケー芝居の様子が見られたのも興味深かった。
* * *
ところで、映画の始まりに流れる、映画会社のロゴフィルム(タイトルロール?何ていうかは知りませんが)。
この頃、とても凝ったつくりのおもしろいものが増えてきましたが、
このタイの映画会社のものは、すばらしかった。
古典的な影絵を使ったもので、影絵のデザイン、背景の色彩、ともに美しい。
まるで、影絵が、そのまま映画につながっていくようなイメージ。
* * *
さて、この映画の主役とも言えるラナートは、木琴型の楽器ですが、
タイの伝統的な民族楽器で、同じようにバチで叩いて音を出す楽器に、
キム、というのがあります。
こちらは一見鉄琴のようですが、弦をたたいて音を出す打弦楽器です。
以前、ロイカトン祭りで、実際に演奏を聴きましたが、実にエキゾチックな音色に魅了されました。
こちらの記事に写真が出ています。
このキムは、中国や台湾の揚琴をルーツにして、東南アジアに広まったものと言われていますが、
実は、同じく揚琴をルーツにして、はるばるシルクロードを伝って、東欧に広まった楽器があります。
ツィンバロンという楽器で、これまでに何度か書いたロマ・ミュージックにはかかせない、東欧を代表する民族楽器です。
民族音楽に深く傾倒したコダーイやバルトークなどクラシック音楽作品にも登場することで、よく知られています。
いつもお世話になっているtonaさんが、東欧旅行の記事の中に、
ものすごく格好のいい80歳の奏者の方が演奏なさっている写真をアップしてくださいました。
ぜひ、こちらをご覧ください。(記事の一番下)
この写真を見た瞬間、映画のソーン師とだぶってしまった。
なお、クラシック等で使用される一般的なツィンバロンは、もっとピアノみたいに大型で、この写真の楽器が正確には何というものなのかはわかりません。
ただ、もともとのツィンバロンはもっと小型で、実際にロマ楽団などで使用されるものには小型のものもあります。
上記キムとの類似を見ても、それに類する楽器ではあると思います。
ぜひ、写真を比べてみてください!!
このツィンバロン、ピアノの原型になった、という説が有力のようです。
つまり、東南アジアとヨーロッパは、楽器を通じてしっかりとつながっている、ということ。
「風の前奏曲」の中で、特に印象的だった、上記のソーン師と息子によるラナート&ピアノのデュオシーンは、まさにそれを力強く象徴するようなシーンであり、なおさら感動的なわけです。
さて、アジアの映画、もう一つとっておきのをご紹介しようと思ったのですが、
長くなってしまったので、あらためて別の記事にすることにします。
カンタータは、
おそらく初期作を改作した第1年巻、BWV136、(これもミサ原曲)
第2年巻のコラール・カンタータ、BWV178、
後期のBWV45、
の3曲です。
昨年の記事はこちら。
* * *
先月、世界のさまざまな国の映画の記事を書いたところですが、
引き続き、アジア各国の映画を、いくつか見ましたので、今回はそれをご紹介します。
まずは、タイの映画。
風の前奏曲 THE OVERTURE
(2004年、タイ映画、イッティスーントーン・ウィチャイラック監督作品)
タイ国王ラマ8世(現在のプミポン国王の兄)に仕えた宮廷音楽家、
ソーン・シラパバンレーン(尊称:ルアン・プラディット・パイロ)をモデルに、
一人の偉大なラナート奏者の生涯を、正面から描ききった、正統的な音楽映画。
ゆったりとしたテンポ、格調高い美しい映像。
ごくごくあたりまえの、オーソドックスなつくりで、特に新しい演出などは無いのかもしれませんが、
音楽のすべてがつまっているような、堂々たる大作だと思います。
ラナートは、美しい船型の共鳴盤に、木製の鍵盤をのせた、木琴のような楽器で、タイの古典楽団のメインとなる楽器の一つです。
イラスト参照。
また、昨年のタイ・フェスティバルの記事に実物の写真があります。こちら。
冒頭、
やしの木を始めとする、熱帯植物の瑞々しい緑があふれる、タイの小さな村、
清々しい光。鳥のさえずり。
ソーン少年が、一匹の蝶に導かれて、暗い蔵の中のラナートと出会います。
なんて美しい!すでに、このシーンからして、反則です。
この熱帯の空気感は、絶対に他の国の映画ではマネできない。
背景や何もかもが、もうすでに始めから、真実にあふれている。
美しく豊かな自然、
村や街の素朴な建物から、宮殿などまで、歴史を感じさせる建物の数々、
すべてが鮮やかな夢のようですばらしい。
物語は、
19世紀末のシャム王国、
少年~青年時代の夢多き若者ソーンが、さまざまな挫折を乗り越えてラナートの一流奏者として認められるまでの葛藤と、
最晩年、1930年代の日タイ同盟軍事政権下のタイにおいて、
すでに国民的奏者となっているソーン師が、戦争と国家から音楽を守り抜こうとする壮絶な戦いとが、
交互に描かれることで、淡々と進行し、
最終的に、ソーンの全生涯が見事に浮かび上がるようになっています。
若い頃のエピソードが、熱帯ならではの極めてカラフルで美しい鮮烈な映像なのに対し、晩年のエピソードがくすんだモノトーンに近い色調なのも見事。
若いソーンのラナート修業は、スポ根ドラマそのまんま。
宿命のライバルは、風を呼び、嵐を呼ぶ、黒衣の天才ラナート奏者、クンイン。(笑)
ソーン君、クンインに何度も打ちのめされ、もがき苦しみながら、(途中にちらっと恋もあり)
やがて、独自の「そよ風の奏法」を会得して、ついに宮廷音楽家に登りつめます。
クンインとの最後のラナート勝負の場面は壮絶、圧巻。
タイの古典音楽の演奏会が、なぜか必ず勝負型式なのが、??ですが。
このあたり、エンターテインメントとしても十分楽しめる。
ちなみに、このクンインを演じているのは、ナロンリット・トーサガーさん。
実際にタイを代表するラナート奏者だそうです。かっこいい。
印象に残っている登場人物は、少年の頃から亡くなるまで、ソーンを支え続けた、おさななじみの親友ティウ。
ソーンに、いっしょに音楽をやろうよ、と言われ、
「音楽には、聴き手が必要だろ?おれがそれになるよ」と答えたティウ。
彼は生涯それを貫き、最後はソーンを看取ります。
正しく彼の言うとおり。わたしもかくありたい。
印象に残ったせりふ。
いろいろな事情から、ラナート奏者になることを禁じられていたソーンが、とうとう父(ラナートの師匠)から入門を許された時に、贈られた言葉。
「正しく生きると約束しなさい。
音楽を悪用したり、人を踏みにじったりしないこと。
常に音楽を敬えば、視野は開け、未踏の境地に達し、至福の喜びを地上にもたらすだろう」
(以上、うろおぼえ)
まっとうすぎるくらいの言葉ですが、これこそ、音楽の真実。
バッハの顔が頭に浮かんでしまった。
一番、印象に残ったシーン。
ジャズに夢中になってる息子に、老ソーンが、ピアノを弾いてみろ、といいます。
顔色を伺いながら、恐る恐るビング・クロスビー(「わたしの青空」)を弾き出す息子。
ソーンは静かにラナートの前に座り、息子のピアノに合わせて即興演奏を始めます。
息子は驚きますが、すぐに興が乗ってくる。
いつまでも楽しそうにデュエットを続ける親子。
この演奏がほんとうにすばらしい!
ラナートによる堂々たるスィング。
もちろん、実際にはソーン師の演奏ではないのですが、ほんとうにソーンさんが弾いてるかのように、生き生きとして精彩があった。
この部分もまた、音楽の核心に迫っている。
これ以外にも、
晩年のエピソード最大のテーマ、音楽と政治・戦争などに関する描写も、ちょっと観るとありがちな物語かもしれませんが、とても真摯で、
始めに書いたように、音楽のあらゆる側面を、堂々と描ききった、すばらしい作品だと思います。
最後に、老ソーンを演じた俳優、アドゥン・ドゥンヤラットさん。
タイ映画の重鎮とのことですが、すごい。
超然とした佇まい、やさしい瞳、ソーン師以外の何物でもありません。ソーン師など、見たことありませんが。
以前、わたしの好きな映画界の世界3大おじいさんについて、ちょっと書きましたが、この方も加え、4大おじいさんにします。
あと、タイの大衆劇、リケー芝居の様子が見られたのも興味深かった。
* * *
ところで、映画の始まりに流れる、映画会社のロゴフィルム(タイトルロール?何ていうかは知りませんが)。
この頃、とても凝ったつくりのおもしろいものが増えてきましたが、
このタイの映画会社のものは、すばらしかった。
古典的な影絵を使ったもので、影絵のデザイン、背景の色彩、ともに美しい。
まるで、影絵が、そのまま映画につながっていくようなイメージ。
* * *
さて、この映画の主役とも言えるラナートは、木琴型の楽器ですが、
タイの伝統的な民族楽器で、同じようにバチで叩いて音を出す楽器に、
キム、というのがあります。
こちらは一見鉄琴のようですが、弦をたたいて音を出す打弦楽器です。
以前、ロイカトン祭りで、実際に演奏を聴きましたが、実にエキゾチックな音色に魅了されました。
こちらの記事に写真が出ています。
このキムは、中国や台湾の揚琴をルーツにして、東南アジアに広まったものと言われていますが、
実は、同じく揚琴をルーツにして、はるばるシルクロードを伝って、東欧に広まった楽器があります。
ツィンバロンという楽器で、これまでに何度か書いたロマ・ミュージックにはかかせない、東欧を代表する民族楽器です。
民族音楽に深く傾倒したコダーイやバルトークなどクラシック音楽作品にも登場することで、よく知られています。
いつもお世話になっているtonaさんが、東欧旅行の記事の中に、
ものすごく格好のいい80歳の奏者の方が演奏なさっている写真をアップしてくださいました。
ぜひ、こちらをご覧ください。(記事の一番下)
この写真を見た瞬間、映画のソーン師とだぶってしまった。
なお、クラシック等で使用される一般的なツィンバロンは、もっとピアノみたいに大型で、この写真の楽器が正確には何というものなのかはわかりません。
ただ、もともとのツィンバロンはもっと小型で、実際にロマ楽団などで使用されるものには小型のものもあります。
上記キムとの類似を見ても、それに類する楽器ではあると思います。
ぜひ、写真を比べてみてください!!
このツィンバロン、ピアノの原型になった、という説が有力のようです。
つまり、東南アジアとヨーロッパは、楽器を通じてしっかりとつながっている、ということ。
「風の前奏曲」の中で、特に印象的だった、上記のソーン師と息子によるラナート&ピアノのデュオシーンは、まさにそれを力強く象徴するようなシーンであり、なおさら感動的なわけです。
さて、アジアの映画、もう一つとっておきのをご紹介しようと思ったのですが、
長くなってしまったので、あらためて別の記事にすることにします。
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