バッハファンのヘンデル入門・1 「ジュリオ・チェーザレ」を観た!~1685年と1724年の奇跡

 前回の記事で、先週の土曜日にシネマイクスピアリに行ったことを、ちらっと書きましたが、
 この時観たのは、Kohさんからコメントで教えていただいた、ヘンデルのオペラのライブ映画。


 ヘンデル オペラ 「ジュリオ・チェーザレ」

    UKオペラ@Cinema (’05年、グラインドボーン音楽祭ライブ)

        at シネマイクスピアリ(舞浜) ~1月30日(金)まで



 このライブは、ヘンデルファン、オペラファンの間では、決定盤としてよく知られたものなんだそうで、何を今いまさら、と思われる方も多いと思いますが、
 ヘンデルやオペラに関してはまったくの初心者が、初めて観た感想、ということで、とんちんかんなところがあっても、お許しください。



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 映画なのに、上映時間が4時間12分(休憩をはさむ)、チケットが3500円と、何もかもが破格。

 だいたい、長時間じっとしているのは苦手で、こんなに長い映画は、若い頃観た、アベル・ガンスの「ナポレオン」か、ヴィスコンティの「ルートヴィヒ」、ベルトリッチの「1900年」以来。
(「ルートヴィヒ」はともかく、「1900年」は、途中で5回ほど意識を失いました。
 でも、「ナポレオン」は、今でも my Favorite の一つ)

 値段もちょっと足せば同内容のDVDが入手できる、とあって、始めはどうしたものかちょっと迷ったのですが、
 DVDを買ったところで、どうせ観ないのは目に見えているので、
 ヘンデルの最高傑作の呼び声も高い「ジュリオ・チェーザレ」、バッハファンの代表として(何だそりゃ)、どんなものかこの目でしっかりと観てやろう、というくらいの意気込みで、観に行きました。


 この日は、午前中は東京でもハラハラと雪が降ったのですが、午後になって、次第に青空が広がって絶好の行楽日和に。
 舞浜で降りたとたん、楽しい音楽に導かれ、ディズニーランドに吸い込まれそうになるのをむりやり振り切って、いざイクスピアリへ。

 休日で、イクスピアリでの初日でしたが、お客は2、30人ほど。パラパラという感じ。
 ちょうどど真ん中の席、わたしの列には他には誰もいないようなゆったりとした好条件で、初ヘンデル体験をすることができました。



 結果。

 すごかった・・・・!
 ヘンデル(+演出のマクヴィカー)の魔法のような世界に巻き込まれ、夢中になり、気がつくと、あっという間に4時間がたっていた。
 ヘンデル、まぶしいです。まぶしすぎる。
 豪華絢爛で、妖しく官能的な香りを漂わせた世界。それでいて気品がある。

 我らがバッハには、逆立ちしても手が届かない世界でしょう。
 まあ、バッハが手を出す必要があるかどうかは別にして。
 ほんとうに楽しかった。
 Kohさん、教えてくださって、ほんとうにありがとうございます。



 オペラのストーリーは、チェーザレ(シーザー)とクレオパトラ、
 それとクレオパトラの弟でエジプト王のトロメーオ(プトレマイオス)、
 そして、トロメーオに復讐を誓うコルネーリア&セスト親子(トロメーオに殺されたポンペーオ(ポンペイウス)の妻子)、
 をめぐる史劇なのですが、
 けっこうハチャメチャ。

 先日コメントをいただいたREIKOさんは、ご自分のヘンデル・ブログに、

  「ヘンデルのオペラは、あくまで「歌手&アリア第一主義」なのです。
  順に登場する歌手とその歌を、心行くまで楽しむ・・・そう、紅白歌合戦と似てますね。」


 と、書いていらっしゃいます。

 つまり、ストーリーは、各アリアについて、誰がどのような状況で歌っているのかという前提状況をかんたんに説明し、それらのアリアをつないでいく材料にすぎない、というわけです。

 予習としてこれを読ませていただいていたので、実にすんなりと、オペラの世界に入り込むことができました。
 これを読んでなければ、なんじゃ、この話は、とあきれていたかもしれない。
 従って、これは、重要なポイント。

 要は、様々な登場人物が入れ代わり立ち代わり歌う、アリアそのものを(歌手の技巧や演技、ダンス、豪華な舞台美術等も含め)、純粋に楽しめばいいようです。

 そして、そのために、ヘンデルが用意したアリアの、なんと豊かで、美しいこと!

 始めから終わりまで、明るい歌、悲しい歌、怒りの歌、恋の歌、そのすべてが、キャッチーで、一度聴いたら忘れられなくなるほど。
 その大らかさ、格調の高さは、例えようもない。
 バッハは何でもないようなフレーズを積み重ねてわたしたちを圧倒しますが、
 ヘンデルは、メロディの始めの1フレーズだけで、わたしたちの心を鷲づかみにする。



 もし、難点があるとしたら、ただ一点だけ。(もちろん、わたしにとって、ということ)

 このオペラのアリア、とにかくみんな、長大なのです。
 しかも、まったく同じ歌詞のリフレインがやたら多い。

 例えば、「こんな悲しみが他にあるだろうか~~」と切々と歌い、こちらもしんみりしていると、また冒頭の伴奏が始まって、まったく同じことを歌う。
 それで、また一通り歌い終えて、まさかこれで終わりだろう、と思っていると、また、「こんな悲しみが他にあるだろうか~~」と始める。

 まあ、これは、音楽の美しさと歌手のワザをできるだけ味わってもらおう、というヘンデル一流のサービス精神なのでしょう。

 それに、このライブの場合、マクヴィカーの飛びぬけてユニークで完成度の高い演出と、ウィリアム・クリスティの魔法のような指揮が、音楽が冗長になるのを、見事にカヴァーしていると言える。


 
 クリスティは、いつものレザール・フロリサンでなく、エイジ・オブ・エンライトゥンメントOを指揮しています。
 エイジ・オブ・エンライトゥンメントOは、レオンハルトのオラトリオ等の録音でおなじみ。 
 ヴィジュアル面が強烈なので、その影に隠れがちですが、ここでのクリスティ&楽団は、ほんとうにすごい。
 ホルンやハープなどを加えた大編成の古楽オケの、正に虹のようにきらめく演奏をたっぷりと味わえます。

 この人は、今や、大指揮者と言っていいと思う。
 エンディングの金管の咆哮など、モダンオケの大家でも、こんな風に演奏する人は少ないのでは。
 普通のオケに対し、ピリオドオケは学術的な意味合いが強く、音が薄っぺらい、といまだに信じている人は、ぜひ聴いてほしい。



 演出も、ほんとうにおもしろい!

 帆船から始まって、巨大戦艦、飛行船までが登場するパラレルワールド的な舞台設定、
 その舞台は、奇抜なアイディアで、次々とめまぐるしく変わっていきます。

 そして、中央にいつも見えている海、建物の装飾などの美しさ。

 第2幕、星の降る海辺の野原、月下の楽団を従えて、きらめく勝負衣装に身を包んだクレオパトラが妖艶に歌い踊るシーン(V’doro,pupille)なんか、正に夢のように美しい。
 さすがのチェーザレも、腰を抜かして見てました。



 登場人物も、見事に歌と演技をこなすだけでなく、みんな一癖も二癖もあって個性的。


 特に、やはり、クレオパトラ。
 演じるのは、ダニエレ・デ・ニース。
 エジプト風(?)の衣装から、サングラス+スパンコールドレス、ミリタリー調の制服、と次から次へと衣装を変えて踊りまくり、コミカル&セクシー演技を連発します。
 何と、入浴?シーンまである。

 何度か踊られる、エスニックダンスとディズニーキャラのダンスがミックスしたようなかわいい踊り(Non disperar chi sa?)は必見。
 特に始めの踊りは、「ムトゥ 踊るマハラジャ」かと思った。
 覚えていっしょに踊りたくなります。

 こうもり傘を使ってエアギターするダンス(Tu la mia stella sei)もなかなかすてき。
 映画「雨に唄えば」や「メリー・ポピンズ」のパロディでしょうか。
 注意して観ると、こういう遊びやしかけがたくさんあるんだろうな。


 一方、それに対して、復讐に燃えるセトス少年?を演じる、バッハのカンタータ・アリアなどでおなじみの我らがキルヒシュラーガー姉さん、
 いつも地味な暗い色のスーツみたいのを着て、踊り?と言えば、こみあげる悲しみや怒りに、剣や拳銃を振りまわしてのた打ち回ったり、なぜかごろごろ転がったり。

 だけど、名曲揃いのアリアの中で、わたしが一番心を打たれたのは、
 他ならぬこのセトス少年が歌う、
 第1幕の Cara speme,questo core (いとしい希望よ)、
 同じく第1幕の Son nata a lagrimar (デュエット、涙のために生まれ)
 だったりします。



 なんだか、クレオパトラがヘンデルの明るさを象徴しているのに対して、マジメでひたむきなセトス少年を見ていると、どうしてもバッハを思い浮かべてしまう。


 このオペラが初演されたのは、1724年。

 1724年・・・・!

 バッハ・ファンのみなさん、もうおわかりですね。
 これは、バッハにとっても、生涯のピークとも言うべき重要な年、コラール・カンタータ(第2年巻)の年に他なりません。

 同じ年に生まれたバッハとヘンデル、
 なんと、その生涯を代表するような作品を生み出したのも、ぴったり同じ年だったのです。 

 結局、一度も会うことが無かったこの二人ですが、何というめぐり合わせでしょう!

 この後、ヘンデルが、きらびやかな世界でさらに大成功をおさめるのに対して、
 我らが大バッハ先生、カントルの仕事さえもろくに顧みなくなり、
 薄暗い部屋で唯一人、演奏されるかどうかも定かでない抽象的な音楽を、こつこつと取りまとめるようになってしまいます。


 
 その他、きりがないのでもう書きませんが、登場人物は、その他もキャラの濃い人ばっかりです。

 底抜けのおばか王、トロメーオを演じるクリストフ・デュモーなんか、側転までしてみせて、もうあ然、
 クレオパトラのニースさんといい、このデュモーといい、よく知りませんが、クラシックの歌手ですよね。
 なにゆえにここまで芸達者?

 冒頭いきなり登場する、サラ・コノリー姉さんの見事なチェーザレっぷりにもびっくり。



 さて、だらだらと取り留めの無いことを書いてきましたが、以上のようなことからして、
 このオペラ、モーツァルト以降のオペラと異なり、
 CDで聴いても、長いばかりでなかなかその良さがわからないかもしれない。

 やはり、実際の舞台を見て、全体の雰囲気や流れを見てから、気に入った歌をCDで聴く、というのが理想でしょう。

 ただ、このグラインドボーン・ライブみたいに、演出等が強烈だと、CDを聴いてもいつも同じその映像が思い浮かんでしまうかも。



 あまりにもおもしろかったので、わたしは映画を観た後すぐ、さらにDVDまで購入してしまいました。
(国内編集盤でないので、日本語字幕はついていないが、ショップにはこれしか無かった)

 当然内容は同じなので、映画を観る必要は無かったのでは、と思われるかもしれませんが、
 そんなことはない。

 映画の方は映像も音楽も大迫力で、実際にオペラの舞台を観ているような気分になれます。
 観ているうちに、映画だということを忘れてしまい、幕が下りる時など、もうちょっとで拍手してしまうところだった。
 観て決して損はありません。

 東京付近では、今週いっぱい(金曜日までなので、後は平日だけですが)、浦安のシネマイクスピアリで上映しています。
 その後、日本各地で上映。
 3月には川崎でもやります。

 詳細は、こちら

 これから、このオペラを観ようという方には、絶対オススメです。



 さて、そんなわけで、一応、ヘンデルのオペラの最高峰と言われる作品を観てしまったわけですが、
 これから後、いったいわたしはどうしたら・・・・?



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この記事へのコメント

my
2009年01月29日 15:58
 Noraさん、ご無沙汰しております。今年に入って初めてですね。又、宜しくお願いいたします。ところで、Noraさんがご紹介なさっていらっしゃる、 「 ジュリオ・チェーザレ 」 、知りませんでした。アリアですと、「 クセル・クセス 」 の < ラルゴ > くらいしか分かりませんが、もしCDがあるようでしたら手に入れたいです。現代の若い方に、もっとバロックを聴いてもらいたいですね。音楽はある種、心の栄養ですから。ヘンデル はヴァイオリン奏鳴曲も好きです。バロックは落ち着きと典雅、軽快と華麗が表裏一体となって旋律を成しています。今年は ヘンデル や、 スカルラッティ で盛り上がりましょうか。Noraさん は今年もカンタータですね。それでは私は演歌といきましょうか(笑)。まだまだ寒い日が続きます。お身体お大事になさってください。それでは失礼致します。
koh
2009年01月29日 21:56
Noraさん、こんばんは。
前回の記事で、イクスピアリで映画を観た、と書いていらしたので、いまかいまかと思っていましたが、出ましたね。
お楽しみいただいたようで、よかったです。このすばらしさをなかなかうまく表現できなかったですが、Noraさんがうまく書きあらわしてくださったので、わが意を得た、という感じです。ド・ニースもよかったけれど、キルヒシュラーガーも劣らずすばらしかったですね。

アリアが長いとおっしゃっているのは、ダカーポ・アリアについてだと思いますが、たしかに冗長とか退屈する、とかの評価も多い(多かった)ようです。ヘンデル自身も晩年のオラトリオではこれを廃してアリオーソなどを多用しています。
でも、わたしは繰り返される冒頭部分がまたすきなのです。
koh
2009年01月29日 22:02
言い忘れましたが、わたしもDVDを買いました。日本語字幕つきのヤツです。
2009年01月30日 11:13
おお~!\(^o^)/御覧になりましたか!
これ、本当に面白いですよね♪
DVDもお買いになったのなら、これはもう何度も見て「振り」を覚えるしかありませんね♪(爆)
V'adoro,pupilleなんか、ストレッチにもなるしいいですよ。
「クレオパトラ体操」とでもして売り出せば、ブレイクするんじゃないかと思います。
そうか、このシーンのチェーザレは「腰を抜かして」いたんですね。(爆)

1724年のバッハとヘンデルのこと、言われてみれば確かに・・・でした!
最近ちょっとバッハから御無沙汰してて、気づきませんでした。
(コラール・カンタータも大好きなのに)
「繰り返し」は、バッハのカンタータのアリアと同じことです。
ただオペラの場合だと、「話が先に進むもの」と思ってしまうので、「また繰り返すの~?」になるのでしょうね。

>これから後、いったいわたしはどうしたら・・・・?
↑う~~~ん、コレは難しい問題かも。(^ ^;)

2009年01月31日 00:58
 myさん、こんばんは。
 こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
 ラルゴというのは「オンブラ・マイ・フ」ですね。昔、お酒のCMで流れていたのがすごく印象的でした。これもオペラの曲なんですね。
 わたしはオペラはおろか、myさんが記事にお書きになっていた「メサイヤ」さえきちんと聴いたことが無かったので、ヘンデル・イヤーのこの機会に、ちゃんと聴いてみよう、と思い立ち、かようにはりきっているわけです。
 ヴァイオリンソナタは、昨年の初夏にたまたま聴く機会がありましたが、
(→右URL欄→)
 のびやかな旋律がすばらしく、いっぺんで、好きになりました。

 心の栄養、ほんとにそうですね。今年も良い本を読み、良い音楽を聴いていきたいものです。
 またいろいろと教えてください。
2009年01月31日 02:13
 kohさん、こんばんは。
 おかげ様で、早くも今年の目標達成に向けて着実な一歩を踏み出すことができました。
 いつまで続くか、はなはだ心許ないですが、今後もいろいろと教えてくださるとうれしいです。

> わたしは繰り返される冒頭部分がまたすきなのです。

 そうですね。美しい歌が多いので、CD等を聴く分には、たまらないかもしれません。
 バッハのお気に入りのアリアだと、あと20回くらい繰り返してほしい、と思う時があります。

 ところで、このライブでは、長い歌の間も、激しい踊りがあったり、ユーモラスな小芝居があったり、舞台がめまぐるしく変わったりして、まったく飽きることがないですが、
 何だか、他の舞台では、いったいどうしてるのか、ものすごーく気になってきました。
 今は斬新な演出が主流のようですが、
 例えば、始めのクレオパトラのマハラジャダンスなんか、スタンダードな演出では、いったいどうしてるのか。まあ、何か踊っているのでしょうけれど。
 うーん。この「ジュリオ・チェーザレ」だけでも、何種類か観ないといけないような気がしてきた。
2009年01月31日 02:59
 REIKOさん、こんばんは。
 おかげ様で、無事、ヘンデルのオペラ鑑賞デビューを果たすことができました。
 わたしは、ストーリーなどをマジメに考えてしまう方なので、REIKOさんのブログで予習していなかったら、
 なんじゃ、この話は、と、あきれ果て、
 葬送の儀式の最中にクレオパトラといちゃいちゃしだすシーザーに腹を立て、さらに、クレオパトラが突然サングラスをして現れ、カサを持って踊りだした時点で、混乱をきたし、きちんと鑑賞することができなかったかもしれない。
 ズバリ、ポイントをついたわかりやすい記事、とっても助かりました。ありがとうございます。
 今後は、ぼちぼち、イタリアン・カンタータなど、これまでに聴いてきたヘンデルの音楽について感想をまとめながら、「魔法系」のオペラにでもチャレンジしてみようかと。

 体操・・・・、じゃない、踊り、だいたいおぼえてしまいました。CDのアリア集などを聴くと、目の前で勝手にクレオパトラが踊りだします。
 困ったものです。

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