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zoom RSS 驚愕の平成出開帳!国宝三井寺展・不動明王の王国〜お気に入りの仏像・特別編(その1)

<<   作成日時 : 2009/02/27 12:24   >>

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 江戸の人たちの楽しみの一つに、出開帳がありました。

 江戸時代の人は、わたしたちが想像するよりもずっと自由に旅行を楽しんでいたようですが、危険や困難がともなうのはまちがいない。
 そんな、実際に行くにはなかなか大変な、遥か遠方の有名社寺の、しかも、普段は秘仏とされているご本尊さまを、居ながらにして拝観することができる、というわけで、出開帳があると、例によって、出店、見世物までがわさわさと集まり、たいへんな賑わいだったようです。



 そして、今、正に平成の出開帳、というべき展覧会が、開催されています。
 
 通常絶対に目にすることのできない秘仏中の秘仏、国宝・絹本着色不動明王像(黄不動尊・根本画像)をはじめ、
(黄不動尊、20世紀以降、人目に触れたのは、わずか5回だけ。今回で6回目だそうです)
 門外不出の秘仏全7点が、そろって展示されているのです!

 この機会を逃したら、次はいつ見られるかわからない、ということで、古の江戸っ子の気持ちになり、心躍らせて行ってまいりました。
 


 2月12日



 秘仏開扉。国宝三井寺展 at サントリー美術館

         〜3月15日(日)まで



 三井寺(みいでら、別名:園城寺)は、大津市の、琵琶湖を東に望む高台に位置する大寺院であり、近江八景、「三井の晩鐘」であまりにも有名。
 創建は白鳳の昔に遡る古刹。

 空海・最澄から50年遅れて入唐し、5年間の波瀾万丈の旅の末無事帰国した、智証大師・円珍によって中興され、
 以降、比叡山と並ぶ天台密教の道場になりました。

 この後、数世紀にわたる比叡山との確執はよく知られ、その他にも幾多の戦いに巻き込まれて、何度も灰塵に帰するも、その都度不死鳥のごとくよみがえってきたことから、「戦う寺院」というイメージがあります。

 そんな、あまりにも激烈な歴史の中で、今回展示される寺宝の数々をほとんど完全に守り抜いてきたことは、実に驚くべきことであり、そういう意味でも、この展覧会を拝観するにあたっては、おのずから厳粛な気持ちになるというものです。


 また、これらの寺宝の多くが、中興の智証大師・円珍その人に直接かかわりのあるものだ、というのも、非常に特徴的なことです。

 正式な遣唐使船で唐に渡った空海・最澄などと異なり、円珍は、外国商船に便乗して渡海、琉球(台湾か?)に漂着する、などのアクシデントに遭遇しながらも、何とか、福州に到着。
 ここから、蘇州、揚州と北上し、洛陽を経てはるばる長安(西安)にいたる陸路の旅も、困難の連続でした。

 蘇州では、病に倒れ、休養を余儀なくされた。

 また、当時の唐には、招福のお守り?として、とがった頭の頭蓋骨を所持する風習のある地域があり、見事なとんがり頭で、三角おにぎり型風貌の円珍さん(この展覧会にも展示されているおびただしい円珍像を見れば一目瞭然!)、実際に命の危険にさらされたりしたらしい。

 円珍は、後に旅行記「行暦記」(関西会場のみで展示)などを書き、この旅について詳細を綴っていますが、
 円珍のおもしろいところは、旅の途中で、実にさまざまな神仏の類が登場し、あるいは登場する夢を見て、助けられたり、導かれたりした、ということを、とにかくやたらくわしく記録している点です。(「感夢記」という著作もある)
 これについては、生涯全般にわたっても同様のことが言え、彼の場合、人生のさまざまな重要な局面において、〇〇仏や〇〇神の助けがあった、導きがあった、という類の話がやたら多い。
 もちろん信徒たちによる神格化、という部分も多いのでしょう。
 しかし、空海などの場合、周りが勝手にさまざまな伝説を作っていったの対して、円珍の場合は、自ら次々と伝説を作り上げていった感があります。

 よって、三井寺の寺宝の核となるのは、円珍自身が克明に語った、円珍縁の神仏等を形にしたもの、ということになります。
 これらが大切に守られ続けてきたのは、円珍その人に対する畏敬の念の表れに他なりません。



 それでは、いよいよ、世紀の出開帳の秘仏を中心に、かんたんに見て行きましょう。



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 展示室に入ると、いきなり部屋の中央に、やわらかな金色の光を放つ、思わず息を飲むほどに美しい仏像が立っています。


 不動明王立像(黄不動尊)


 この記事の写真の、展覧会の垂れ幕や、看板、ちらしなどに登場している像です。

(↓下に載せているちらしをクリックして拡大すると、写真をご覧になれます)

 鎌倉時代初期に、上記黄不動尊(根本画像)を忠実に模刻した、等身よりもやや大きめな見事な像。
 当時の人たちは、根本画像の不動明王が、そのまま絵から飛び出してきたのではないか、と感嘆したのではないでしょうか。


 怒りに燃えながら、どこか、気品に満ちた表情。少年のようなあどけなささえ見え隠れする。

 堂々としてふくよかな胸部や腹部、それに対して、隆々として力強い両腕や足。
 また、様式化した足の筋肉の美しさ。

 極彩色の文様をそのまま残しつつ、後ろに悠然とたなびく、躍動感あふれる着衣。

 全身を飾る精緻な装飾の数々。

 そして、何よりも、内部から静かににじみでてくるような、やさしくたおやかな肉身部の金色。


 これまでたくさんの不動明王を見てきましたが、迫力や、力強さ、畏怖などを感じたことは数あれど、
 今回のように、なんて美しいんだ、などと感じたのは、まったく初めてのことです。


 作者ははっきりしていませんが、
 この金泥塗りの美しさを見ると、真っ先に浮かぶ名前があります。

 そう、孤高の金泥マイスター、快慶


 わたしは、どちらかと言うと、運慶よりも、快慶が好きです。

 運慶は、究極の写実主義で、生身の人間の姿を写して仏像をつくりますが、
 快慶は、やはり究極の写実主義で、はじめから人間でない存在、仏そのものとして、仏像を作ります。

 また、慶派の中で、一人快慶だけが、金泥塗りをよくし、
 その仕上げの美しさは、他の追従を許しません。

 一般的な漆箔などの場合、完成直後は壮麗で輝くばかりですが、いかにもメタリックな感じですし、時がたつにつれ、どうしても金色がはげ落ちてきてしまいます。

 ところが、金泥塗りの場合は、内からにじみ出てくるような、淡くやさしい光沢を帯び、
 年月を経るにつれ、その光は失われるどころか、ますます滋味深さをたたえ、ある種、深い精神性さえ帯びるようになります。
 また、緻密な装飾なども、そのまま保存される、というメリットもある。

 快慶の作品を見ると、あまりの状態の良さに、ほんとうにこれ、鎌倉時代の仏像か、と思うことがよくあります。
 もちろん、快慶の、仕上げの丁寧さ、ということもあるのでしょうけれど。


 というわけで、この黄不動尊立像、快慶ならではの特色がほとんど当てはまるのです。

 また、これだけの像を作れる人物は、快慶以外にいなかったのではないでしょうか。


 ただ、これは、まったく根拠の無い、わたしの妄想だということをお断りしておきます。そうだったらいいな、という話。

 快慶真作の仏像はたくさんありますが、これまで、何だかめぐり合わせが悪く、代表作と言われる大作については、ほとんど見たことがないので、ここで書いたことは願望と言えるかもしれません。



 <参考> 快慶の代表作

 奈良・安倍文殊堂の文殊菩薩騎獅像、(渡海五尊像)

 奈良・東大寺公慶堂の地蔵菩薩立像、 

 奈良・東大寺俊乗堂の阿弥陀如来立像、

 京都・醍醐寺三法院の弥勒菩薩坐像、

 兵庫・浄土寺の阿弥陀三尊立像、


 ・・・・

 ああ、観てみたい。



 最初の仏像だけで、やたら長くなってしまった。

 あとは、駆け足で。



 黄不動尊から、周囲に目を向けると、
 この黄不動を取り囲むように、ほとんど同じ形、大きさの、一見して奇妙な坐像が、たくさん並んでいます。

 異様に頭のとがった卵型の風貌、ほとんど横線に近い、極細のまゆ、目、口、
 誰でもかんたんに似顔絵が描けます。

 これが、他ならぬ、智証大師(円珍)坐像

 この内、黄不動尊の向かって左にある2体は国宝、もちろん、秘仏です。

 かなり彩色が落ちた古い方の像が、円珍入滅直後に作られ、体内に円珍の遺骨が収められているとされる、
 御骨大師

 こちらは、おびただしく存在する円珍坐像の根本像であり、よく見ると、その表情は、かんたんな造作の割には、ただならぬ威厳に満ちています。

 少し新しく見える方の像が、唐院大師堂の須弥壇中央に収められている、
 中尊大師

 寺伝によれば、入滅直後に作られた2体のうちのもう一つ、とされるが、実際はもう少し新しいもののようです。

 基本的には御骨大師と瓜二つですが、こちらは、ユーモラスと言えるほど、柔和な表情。

(↓下に載せているちらし(右側の裏面)をクリックして拡大すると、御骨大師の写真をご覧になれます)



 これまでにご紹介した、黄不動尊と2体の国宝円珍像は、すべて三井寺唐院大師堂に安置されているもの。
 大師堂と同じ順番で並べられています。
 智証大師への信仰が根強い三井寺において、言わば心臓部とも言える部分で、普段は絶対に拝観することができないわけですが、
 その堂内の仏像等が、そろってやってきて、これらをそのままの形で間近にじっくりと拝観できる、というのは、
 これこそ、出開帳ならではの至福。



 さらに、会場を奥の方に進んでいきます。
 同じようなおにぎり頭の円珍像が、彫像、画像、とりまぜていくつもならんでいて、実に奇妙な光景なのですが、
(何だか、後年になるに従って、頭がとがってくるような気が・・・・)
 やがて、その中に、さらに輪をかけて奇異な彫像があらわれ、思わずぎょっとしてしまいます。

 新羅明神坐像

 円珍が帰国する船中に突如として老翁の姿で現われ、今後円珍の教えを守護する、と一方的に告げたそうで、円珍の唐行の成果の一つとして信仰されるようになった神ですが、もともと仏教とは無関係、しかも、日本在来ではなく、大陸系の神です。

 その後、円珍を三井寺に導き、そのまま三井寺の土地に住みついたとされ、三井寺の守護神となりました。

 円珍さん、何とも変わった神様を連れ帰ったものです。
(この神は、もともと三井寺を創建した大友氏の氏神であり、三井寺と天台密教とを結びつける目的があった、という説もあります。)

 妙に座高の高いひょろりと痩せた体、しわだらけの真っ白な顔に、異様に垂れ下がった目と真っ赤な唇。
 三山型の冠に、緑色の、長い三角のあごひげ。
 まるで枯れ枝のように細く長い指。

 一度見たら忘れられないような、実に奇怪な姿で、絶対の秘仏であるのもうなずけます。
 真横から見ると、もっとすごいです。

 写真が載せられないので、ひさしぶりにイラストを描こうかとも思いましたが、神様なので、さすがにやめておきます。

 この上なく妙な像ですが、国宝。
 三井寺境内の最奥にひっそりと佇む、新羅善神堂(これも国宝)に祀られています。
 新羅三郎義光以降、源氏の代々の頭領の崇拝するところとなりました。

 こんなに珍しい神様までも来てしまうのだから、出開帳はすごい。
 


 これまで見てきたように、三井寺には、一風変わった、奇妙で不思議な仏像等が多く、
 以前、三井寺に関する本を見た時には、なんて、おかしな寺だ、と思いながら、こんな妙な像は、きっと目にすることはないんだろうな、などと思ったものですが、
 出開帳で、これらを一度に拝観できるとは・・・・!



 そして・・・・、

 いよいよ、最大のお目当て、冒頭に書いた、秘仏中の秘仏、

 国宝・絹本着色不動明王像(黄不動尊・根本画像)

 です。

 期待(と緊張)に胸が高鳴るのをおさえて、絵の前に立つ。

 ・・・・。
 あれ??何か変??

 確かに美術書などで見た不動明王画像と構図等は同じなのですが、ちょっとイメージがちがう?
 傷みもひどく、細部もあまりよく見えません。
 こんなものなのか?ライトのせい?

 ちょっと拍子抜けしながら、説明をよく読んでみて、がっくり。
 この日展示されていたのは、鎌倉時代の模写本だったのです。
 それでも、重要文化財なのですが・・・・。

 実際の黄不動尊画像の公開は、2月25日からとのことでした。

 これは、2月25日以降に、何としてでももう一度観にいかなくては。



 以上、この記事では、不動明王像、智証大師像、新羅明神像をご紹介したわけですが、
 とにかくこの3つの像が、三井寺周辺にはやたら多い。
 この展覧会に出品されている不動明王像だけでも、10件を超えています。
 正に、不動明王の王国。

 智証大師像もやたら多くて、そこいら中おにぎり頭だらけ。
 また、大師に関する膨大な文書類も展示されていて、唐での通過証明書などの、何でもないような事務的文書までがきちんと保存されているのです。
 大師がどれだけ敬愛されていたかが偲ばれます。
 発行した中国においては、このような文書など、日常的でほとんど価値が無いものだったでしょうから、ほとんど残されていないのではないでしょうか。
 そういう意味でも、貴重な資料と言えるのではないでしょうか。 


  
 今回の展覧会、たいへんな規模のもので、三井寺の建物を除くほとんどすべてが、まるごとやってきた、と言っていくらい。
 実に豪華な出開帳で、今日ご紹介した3像以外にも、ご紹介したい仏像や絵などの文化財が、まだまだたくさん残ってます。

 前述のように、近いうちに、本物の黄不動尊画像を見に再度訪れる予定ですので、
 その感想と合わせて、またあらためて記事を書きたいと思います。



 と、いうわけで、まだまだ、続く。
 乞うご期待?



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    ひえのやま
    2009/02/28 12:48

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    コメント(4件)

    内 容 ニックネーム/日時
    とてもわかりやすい解説で、よくよく再度読み直して出かけます。明後日ちょうど都合よく、この展覧会に行くことが可能になりました。
    楽しみですね。
    最後まで解説をいただいて出かけられないのが残念ですが。
    頭のとがった円珍坐像に会えるのも楽しみです。

    唐院大師堂や新羅善神堂が果たしてどこにあったか、定かでないのですから呆れます。
    残りの仏像のNoraさんの感想が待たれます。
    ありがとうございました。
    tona
    URL
    2009/03/01 09:29
     tonaさん、こんばんは。
     おー、行かれるのですか。tonaさんは実際に三井寺に行かれたので、より興味深く観ることができるのではないでしょうか。
     それにしても、現地で絶対に観ることができない秘仏などを、東京で観られるというのもおもしろいですね。

     続きも書いたので、早速アップしておきます。少しでも参考になればよいのですが。

     ただ、明後日、というと、3月3日の火曜日ですが、サントリー美術館は火曜日が休みだったように思います。
     HPにくわしくでています。(→右URL欄→)
    Nora
    URL
    2009/03/01 23:28
    ありがとうございました。
    では今から行ってきます。後ほどまた。
    tona
    2009/03/02 08:32
     さすが、tonaさん、行動力がちがいますね!
     わたしも、よく調べないで、涙を流すことが多いです。
     この記事にも書きましたが、1回目の時は、国宝の黄不動画像がまだ展示されていなくて、がっかりしました。
    Nora
    2009/03/03 15:23

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