その人は厩で生まれた・日本編~NHKドラマ「聖徳太子」(’01)と神仏習合ルネッサンス

 明日は、待降節第4日曜日。クリスマス前の最後の日曜日です。

 あいかわらずライプツィヒのカンタータはありませんが、
 この祝日のためには、ヴァイマール時代の名作カンタータ、BWV132が(不完全な形ではありますが)残されています。

 ヴァイマール時代の待降節のカンタータには、その他にも、BWV70aBWV147aがありますが、バッハはこれらを他の祝祭日用のカンタータに書き換えてしまいました。
 あのマリアの訪問の祝日用の名作、BWV147も、こうして誕生したわけです。名高い「主よ、人の望みの喜びよ」のコラールも、その際に付け加えられました。
 この機会に、BWV132とともに、BWV147も聴いてしまいましよう。何となく、クリスマスっぽいですし。



 と、いうわけで、ライプツィヒのバッハはまだお休み中なので、わたしも、ちょっとちがう話題を。
 一応クリスマスも間近なので、「厩で生まれた」人物も登場します。といっても、日本人ですが。



  *    *    *    *    *    *



 昨年から今年にかけて、何度か、関西の古都の古社寺等を訪れてきましたが、
 それらを通じて感じたのは、まず、建築物を始めとする文化財の、空前の修繕ラッシュだということ。

 修繕には、あの薬師寺東塔などのように大規模な解体修理まで含まれ、その間しばし、文化財を見られない、というだけでなく、場合によっては例え一時期にせよこの世に存在しなくなってしまう、というのは、一種寂寥の思いさえも感じてしまうところでありますが、
 千年という気の長くなるようなスパンで生き続けてきた建物に、さらに千年続くような新しい命を吹き込もうという関係者の皆様の熱意には、頭の下がるものがあります。

 音楽もそうですが、このような芸術、文化財は、特にそれが古ければ古いほど、単に始めにそれを作った人間だけでなく、多くの人の精神が積み重なって、わたしたちの心に届けられるのだということを、改めて実感いたしました。

 すでに修繕の終わったもの、修繕中のもの、これから修繕に入るもの、さまざまです。
 中には、姫路城や安倍文殊院の文殊菩薩みたいに、修繕中ならではの、普段決して見ることのできない貴重な状態を見ることができるものもあります。

 また、以上のこととも多少は関連しますが、
 現在、ほとんどブームといっていいほどの、特別開帳、特別公開ラッシュでもあります。

 これまで本ブログでも、さまざまな文化財をご紹介してきましたが、これから京都・奈良などにおでかけしよう、という方は、修繕等の状況、特別拝観の状況などを確認の上、日程等を決められることをおすすめします。



 さて、関西の古社寺等を回って、特に感じたことが、もう一つ。

 それは、特に大阪や、先日行ったばかりの飛鳥などで強く感じたことですが、

 明治維新の際に国家権力によって徹底的に軌道修正されたはずの、これまで長い歴史の中で自然に培われてきた、もともと日本本来の一般的な信仰形態であった、「神仏習合」の姿勢が、実は根強く息づいているということ、

 そして、今、あえてそれを、基本的な姿勢として、意識的に打ち出している社寺が増えている、ということです。


 神仏習合の基本理念のもと、関西の名だたる寺社仏閣の賛同で発足した、

 「神仏霊場巡拝の道」は、

 京都、奈良、大阪、兵庫、滋賀、和歌山、三重の7府県の、150を超える社寺を等しく結んで、

 伊勢神宮から比叡山にいたる壮大な巡礼路ですが、

 これなども、そのあらわれの一つでしょう。


 * 公式HP


 昔の、自然な本来の姿を取り戻そう・・・・。

 正に、ルネッサンスにも例えられる精神的な復古運動。

 よく、日本人は、神前や教会で結婚式をあげ、仏前で葬式をするなど、信仰上節操が無い、などと言われますが、
 普段から身近な存在である仏と神々(先祖)を、同時に敬い祀るのはごくごくあたりまえのことで、日本の精神文化史上、寺と神社を明確に区別する方がおかしい、という見方もあるのです。



 そして、こうした風潮の中、神仏習合の象徴として、がぜんクローズアップされてくるのが、「聖徳太子」という存在ではないでしょうか。

 言うまでも無く、日本という国の礎を築いた、尊敬すべき日本民族の祖先であると同時に、日本仏教の父と言っていいほど、わが国の仏教興隆に貢献した人物。

 空海などの高僧も、もちろんわたしたちの祖先=人間であるにもかかわらず、寺院に祀られ信仰の対象になっていますが、僧であるため、神社の祭神にはなりません。

 その点、聖徳太子は、元祖神仏習合、ミスター神仏習合、といっていい存在。

 事実、ここ1、2年の関西巡礼の旅の中においても、
(まあ、そのような寺にたまたま多く訪れた、ということはあるにせよ)
 聖徳太子という存在を大切にし、堂々と祀っているお寺がどれほど多かったことか。

 どこにおいても、地元の人は、「太子はん、太子はん」と呼んで、きわめて身近な存在として、あたりまえのように、太子その人を、太子自身が日本にもたらした仏たちと同列に置いて、信仰している。



 ここ何回かの旅を通して、それらの寺社に触れ、わたし自身の中でも、「聖徳太子」と言う存在がかなり大きくなってきた、というか、実に興味深い対象としてどんどんふくれあがってきたわけですが、

 そんな折、たまたま、ケーブルTVの「時代劇チャンネル」で、以前NHKで放送されたSPドラマ、「聖徳太子」を放送していたので、見てみました。
 ここでは、ちょっと、その感想を。

(と、いうわけで、以上はすべてその前置きでした。軽く読み飛ばしてくださるよう)



▽ 聖徳太子の天駆ける愛馬・黒の駒。目が笑ってる?

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 NHKスペシャルドラマ 「聖徳太子」

       (2001年、佐藤幹夫演出)


 実に見応えのある、堂々たる歴史巨編でした。

 放送当時も、一応見たような気がするのですが、朝廷や豪族間の相関関係等がごちゃごちゃしていて、誰が誰なのかさっぱりわからず、途中でリタイヤしたような覚えがあります。
 今回は、先の飛鳥旅行のおかげもあって、それらのことがだいぶ整理できていたので、複雑で微妙な相関関係が実にきちっと描かれていることがわかり、逆にそれも大きな魅力となって、全2部構成で3時間の大作、夢中で最後まで見通すことができました。


 第一部、太子の少年時代を中心に。

  
 仏教の導入、擁護を政策の第一に掲げる大豪族蘇我馬子のもと、新しい仏法の教えに触れながら成長する、厩戸皇子(聖徳太子)の少年時代。
 やがて、朝廷内にまで飛び火した激しい豪族間の権力闘争に巻き込まれ、蘇我馬子とともに、仏教布教に反対するもう一方の大豪族、物部氏を滅亡させるまで。

 「もしこの戦いに勝利あらば、必ずや護世四王のために寺を打ち立てん」というせりふはあまりにも有名。
 日本初の官寺の一つ、あの四天王寺創建のエピソード。

 頭に四天王像をまきつけ、愛馬黒駒にうちまたがり、先頭を切って戦場を駆け巡る太子が、すごかった。

 
 太子は、「おくりびと」や「坂の上の雲」などで、最近トップ俳優としての地位を不動のものとしつつあるもっくん(本木雅弘)。
 馬子は、またまた出ました、昨年惜しくも亡くなってしまった緒形拳さん。 
 豊御食炊屋姫(後の推古天皇)役の松坂慶子のあまりの美しさにあ然。
 
 将来太子の后になる、刀自古(とじこ)の少女時代を、何と戸田恵梨香がやっていた。
 ものすごくチビッ子なのに、顔も声も今(というよりちょっと前の売れ出した頃)とまったく一緒、すぐにわかって大笑い。
 ちょっとびっくり。
 ちなみに成長した刀自古は、「嫌われ松子」や「JIN-仁-」の未来=花魁の野風さんでおなじみの中谷美紀さん。

 それにしても、宝田明扮する物部守屋、最後、なにゆえ、キジムナーみたいに妖精化していたのか。

 なお、演出の佐藤幹夫は、今放送中の、「坂の上の雲」の脚本担当の一人です。 


▽ 四天王寺。ドラマのロケ地にもなっていた。

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 第二部、馬子との葛藤を中心に。


 好むと好まざるをかかわらず、血みどろの争乱の中、多感な少年時代を過ごした太子、

 守屋との戦いで、戦争の悲惨さ、空しさを、身をもって思い知った太子は、仏の教えを根幹とする国づくりの理想に燃えるようになるが、
 いまやすべての権力を手中にし、国力増強のみを目指すようになった馬子と正面からを対立するようになる。
 その馬子は、かつて太子に、仏法の尊さを教えてくれた張本人に他ならないのだが・・・・。

 やがて、推古天皇のはからいで摂政となった太子は、小野妹子ら若い力の協力を得て、手探りながら、何とか新しい国づくりに向けて漕ぎす。
(妹子は今田耕司がやっていた。はじめ豪族たちにいじめられて、えらくかわいそうだった)
 当然馬子を始めとする諸豪族の激しい抵抗に遭うが、決して信念を曲げることなく立ち向かい、ついには馬子をも屈服させ、
 「和をもって尊しとなす」をその冒頭に高らかに掲げる憲法のもと、当時の先進超大国・隋と、堂々と対等に渡り合えるような近代国家を打ち立てる決意をする。


 ラストのクライマックス。

 太子に共感し、新羅遠征の将軍に任命されながら、九州で出兵を踏みとどまっていた来目皇子(太子の実弟)が、馬子の手によって暗殺されてしまう。
(これはドラマの脚色だが、このように推測すると、史実の記録の不自然な点がすっきりする)
 それを知った太子は、激怒して、夜着のまま単身馬子邸に乗り込み、仏の教えに背いてまでも、その手で馬子を殺そうとする。

 歴史スペクタル巨編であるにもかかわらず、最後のクライマックスは、馬子邸の内部が舞台。
 数十分にわたる、もっくんと緒形拳さんの二人芝居。

 ほとんど舞台を見ているかのような、すさまじい演出、演技が延々と続き、その中に、あらゆるテーマが凝縮されていて、例えば大合戦のスペクタルシーンにも負けない、重みのあるクライマックスシーンだったと思います。

 国力のさらなる増強のために必要ならば、戦争でも暗殺でも何でもするという馬子に対し、
 「わたしが生きている限り、二度と戦争はさせぬ」と、繰り返す太子。

 悪魔に魂を売り渡したかのような馬子を壮絶に演じる、いつもの緒形さんに対して、
 もっくんも負けていない。はじめこそ鬼神のごとく怒り狂っていた太子だが、やがては、その言葉に、佇まいに、後光が射したかのような清々しさが漂い始める。
 その背後にある仏の威光に畏れおののき、さらに壮絶さを倍増させる緒形さん。

 その緊迫の演技の果てに、おしまいに、どのようにして馬子が、太子に屈服することになったかが見どころか。



▽ やっぱり目が笑っている。

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 最近、「聖徳太子など実はいなかった」説が、かなり一般的?になってきたようですが、
 確かに、太子がなしとげたとされる功績が、実はすべて馬子の功績だったとすると、大化の改新後の歴史書である記紀には、なかなか書きにくいところ。

 ただ、いずれにしても、当時は雲の上の存在、地の果ての大国だった隋との正式な国交が開始されたのは事実だし、法隆寺や四天王寺は今なお存在して、人々の信仰を集めています。

 さらに、国家の黎明期で、政変や戦争の絶えること無かった飛鳥時代にあって、太子が政治の中心にいたとされる期間に限っては、内外ともに、ほとんど争いらしい争いが無かった、というのもまた事実のようです。


 その中心となったのが太子であれ、馬子であれ、とてつもない求心力とただひたすら平和を希求する鋼の如き意志をもって政治にあたったことはまちがいないでしょう。
 もし馬子だったとすると、その生涯のある時点までとは、それこそまるで人が変わってしまったかのような、たいへんな方向転換です。

 その半生において真の血みどろの修羅場をくぐりぬけてきた者たちが、後年、ただただ平和のみを追い求める、ということは、歴史上数多く見られます。
 徳川家康しかり、平泉王国の藤原清衡しかり。

 馬子、あるいは太子その人もまた、そうだったのかもしれません。


 この「新しい国」では、その「憲法」にあるとおり、「和」が、平和が、何よりも優先されました。

 かつて戦勝祈願がきっかけとなり、さらに朝鮮半島をにらむ形で建立された四天王寺が、万民のための福祉と医療の一大拠点、「四箇院」となったのが、そのなによりの証拠です。
 四箇院の精神は、はるか千数百年の時を超え、現在も四天王寺の付属病院や学校へと引き継がれています。


 その後、太子、馬子があいついで亡くなったとたん、強力な求心力を失った朝廷は、再び乱れに乱れてしまいます。

 ついにそれが大化の改新につながり、太子の精神が、「日本」建国の礎となったのは、みなさんご存じの通り。



▽ 馬子の墓とも言われる石舞台。
  大化の改新後に、見せしめに封土をすべてはがされてしまった、という説もあるが、
  「聖徳太子の功績」が、いずれにしても馬子の存在なくしてはありえなかったであろうことを考えると、
  むきだしの岩は、何だか悲しげな巨獣に見えてくる。 
 
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 最後に、再び、「神仏習合」に関連して。

 聖徳太子御遺跡霊場二十八ケ寺

 というのがあるそうです。

 四天王寺、法隆寺をはじめ、

 明日香の橘寺や飛鳥寺、斑鳩の中宮寺や法輪寺、法起寺、
 大阪の道明寺、兵庫の鶴林寺、そして京都の広隆寺、などなど、

 関西中にあまた存在する、太子ゆかりのお寺のうちの28ケ寺を、巡礼しようというものです。

 もうすぐクリスマス。
 キリストと同じく、厩で生まれた、
(厳密には、母親の穴穂部間人皇女が厩の戸にぶつかった拍子に産気づき、誕生した、という言い伝えだが、「厩戸皇子」の名前の由来には他にも諸説ある)
 ということで、
 たまには聖徳太子に思いを馳せてみるのもいかがでしょう。



 ところで、この時代劇チャンネル、
 大河ドラマはやるし、わたしの大好きな市川雷蔵がやたら出てくるし、たまに落語もやるし、
 ケーブルTVの中ではお気に入り。

 最近では、大河ドラマ「黄金の日々」がよかった。これは、海洋冒険テイストを盛り込んだ戦国もの。
 ここでも、緒形拳さん、必要以上に?すさまじい演技で、晩年の秀吉を演じていた。

 NHKのスペシャルドラマでは、
 このほかに、「大化の改新」と「武蔵坊弁慶」が見てみたい。

 特に、「武蔵坊弁慶」
 これは大河ではないが、連続もの。
 中村吉衛門さんの弁慶がすごかった。(あたりまえか)
 とにかく毎週夢中になって見ていて、最後は号泣した。



 流行りの戦国、幕末・明治ものもいいけれど、
 わたしは古代や平安・鎌倉時代のドラマを、もっともっと見てみたい。



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この記事へのコメント

かげっち
2009年12月22日 12:47
なかなか面白そうですね。

ちなみにキリストが生まれた家畜小屋にいたのは牛や山羊で、馬はいなかったらしいです。羊は常時放牧、馬は戦闘用でユダヤの民家にいなかったとか。
2009年12月27日 01:59
 かげっちさん、ありがとうございます。
  

> 家畜小屋にいたのは牛や山羊で、馬はいなかったらしいです。

 そうなんですか。勉強になります。
 何となく、馬や羊をイメージしてましたが。

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