世俗カンタータのある生活3「クローリ、ティルシとフィレーノ」~緑の季節の輝く幻影【聖霊降臨節】

 今度の日曜日(6月12日)から、3日間、夏の大祭日、聖霊降臨節です。


 カンタータは、復活節に負けず劣らず、名曲がたくさん勢ぞろい。

 【聖霊降臨節・カンタータ一覧】をご参照ください。


 過去記事は下記の通り。↓


 <聖霊降臨節>

    お気に入りアリアその2(BWV74)
    永遠の炎、愛の源(BWV34)
    初夏に降りそそぐ灯火~聖霊降臨節 【聖霊降臨節・カンタータ一覧】
    お気に入りのアリア 踊る双子の兄弟(姉妹?)ふたたび~BWV173、184ほか
    お気に入りのアリア 「夏への扉」~BWV68、174
    バッハの「第3年巻」~BWV39、34の話題を中心に



  *    *    *    *    *    *



 震災の影響で異例づくしとなった今年のプロ野球開幕、
 その直前に、
 「完璧な投球を楽しみにしていてください」
 と、静かに語っていた
ダルビッシュ。
 あの時言っていた「完璧な投球」とは、このことだったのか、と、今、しみじみとかみしめている。

 8連勝、しかも3連続完封、しかもしかも44イニング無失点
 当然のようにまた二桁奪三振(4度目)で、さらに2戦連続無四球のおまけ付。暴投は多いけど、そこがまたかっこいい。
 今や完全にダルビッシュの弟子?となった中田の渾身の援護もあり、「完璧な」勝利。
 投球の芸術とはこのことか、と思い知らせてくれました。

 その投げる球を見るだけで、勇気が湧いてくる。

 もちろん、ダルビッシュだけではありません。
 我がファイターズ投手陣、5戦連続完封のパ・リーグタイ記録を打ち立てた後、ちょっとだけヤクルトに点をとられましたが、それからまた上記ダルビッシュの完封も含め3戦連続完封という、全投手陣が完封ペースとも言えるハイレベル投球の魂のリレーを続けてきました。
 今日は、まあ、危なく負けるところでしたが、最後には執念を見せて、逆転。
 いずれにしても、本来の売り物である打線が完全な状態ではない今、この投手陣の大躍進は計り知れない価値がある!

 
 ただ・・・・、

 いくら勝っても、ソフトバンクとの差は縮まらない。
 ソフトバンク、どれだけ強いのか・・・・。
 セ・リーグ、ここでもっとがんばらないで、どうする?



 さて、梅雨まっただ中ですが、この季節、一度晴れわたると、きらめく緑がさわやかな、実にすばらしい天候になることがありますね。
 今週のカンタータも、そんな今の季節にふさわしい曲ばかりですが、今日は、さらに「輝く緑」に通じるような、世俗カンタータの話題を。 



 ヘンデル・カンタータ日記~世俗カンタータのある生活 Vol.3



 「クローリ、ティルシとフィレーノ」 (「忠実な心」) HWV96

   ~劇的カンタータ


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 ヘンデルのイタカンの中でも、最も長大かつ華麗な、聴き応えのある作品。


 ほとんどはソロまたはデュエットが基本のイタカンですが、
 何と3人のソリストが大活躍し、オケも豪華。音楽も実にオペラ的、

 とにかく始めから終わりまで、ヘンデルの天才を証明するような大らかで美しい音楽が、まるで尽きせぬ泉のように、湧き出でては炸裂を続ける。

 正に、神話的なまでに平明な、どこまでも続く緑の野辺が眼前に広がるかのような、牧歌的な音楽のオンパレードで、もうたまらない。

 ただ、他のイタカンの例にもれず、外国語苦手なわたしには、始めっから終わりまで、ほとんど意味不明。
 対訳も無いし。
 聴けば聴くほどすばらしい音楽の連続に陶然とし、何とかご紹介したいとうずうず思いながらも、わけがわからないのに適当なことを書くわけにもいかない、
 短い標準サイズのイタカンなら、どうせ大した内容も無いのでかまわないんでしょうけど、
 さすがにこれだけの大曲になると、ある程度きちんとしたストーリーもあるんだろうし・・・・、
 (前回ご紹介した「アチ」の例もある)
 と、困っていたところ、
 昨年、REIKOさんがこの曲を紹介されており、それによって初めて概要をつかむことが出来ました。

 こちら


 何でも、クローリという適当モテ女と、二人の羊飼い、ティルシとフィレーノの三角関係を描いた話らしい。

 わたしはまた、3人の女性の女子会実況みたいな話かと思っていたぞ。
 一人の経験豊かな落ち着いた女性(アルト)に、キャピキャピのギャル(死語の世界。ソプラノ2人)が悩みを相談する、みたいな。
 これは実は、アルトがモテ女のクローリ、ソプラノが羊飼い2人で、ヘンデルのオペラでは、しばし重要な男役を高い女声が担当することを、完全に失念していたわけです。

 あらすじは・・・・、
 ティルシとフィレーノは、クローリに夢中、それぞれ懸命に言い寄りますが、クローリは、気をもたせながら、はぐらかしてばかり。
 いろいろあった後、ティルシとフィレーノが意気投合し、嘆いていると、そこへクローリがしゃあしゃあと登場。
 苦しみを伴わない愛は無い~、みたいなことを歌う3重唱でめでたく?エンディング、
 ・・・・というようなものみたい。

 なんだ、そりゃ。

 結局、長いことは長いんだけど、その実体は、典型的なイタカン、好きだ嫌いだ、の牧歌劇、というわけでした。
 それでも、音楽はやはり超一流。
 ぜひご一聴を。

 
 さらに、カンタータの内容そのものに関してもう一点。

 このイタカンの主人公のクローリ
 上記の通り、この曲においては調子のよい適当モテ女なわけですが、
 実は、このクローリという名前、ヘンデルのイタカンにはやたら登場します。

 タイトル(この場合はたいていインチピトということになります)の中に、「クローリ」という名前が含まれているものが驚くほど多く、その他の曲でも、いつもクローリ、クローリ、と歌ってる。

 このクローリ、果たして何者?と思ってたところ、
 それを説明してくれる次の記事がアップされました。

 こちら


 こちらは、以前ご紹介した、「エイシスとガラテア」の対訳プロジェクトを実施されたkohさん(正しくは、koh da saitamaさん)が新しく立ち上げた、ヘンデルのイタカンをメインとした(!)ブログ、

 名前もそのものズバリ、

 ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

 の中の記事。

 ヘンデルのイタカンの1曲1曲を、独自の視点で対訳していこう、という、正にわたしにとって願っても無かった内容のもので、
 以前書いたように、ヘンデルのイタカンの音楽はその後のオペラ等に転用されているものが多く、文字通りヘンデルの膨大かつ豊潤な作品群の源泉というべきものなわけですが、それらの複雑なパロディ関係もわかる範囲で書いていきたい、というのもうれしい、
 正にこれからが楽しみ、今後もヘンデル・カンタータ日記を書く時には大いに参考にさせていただこうと考えているところです。

 その2番目の記事の作品に、いきなり早くもクローリが登場、(その後には何とフィレーノも登場)
 その記事の中で、「クローリ」について言及されているわけですが、

 それによると、このクローリ、羊飼いの登場する牧歌劇、では決まりごとになっている、女性羊飼いの名前なのだそうです。


 他の作品でも、前述したこの「クローリ、ティルシとフィレーノ」の中のクローリみたいな性格なのかどうかは定かではありませんが、
 上の記事でkohさんがとりあげてらっしゃる曲、HWV132を見る限り、ほとんど同じようです。

 kohさんの記事を読むと、この曲、クローリに対する片思い?の、めまぐるしく移り変わっていく苦しい気持ちを歌ったもので、
 クローリ本人とキューピットに対して、わたしを苦しめないで、と、ぐじぐじ歌ってるだけの曲。

 ということは、クローリ、ほとんど同じ性格か。

 ていうか、よく考えたら、このHWV132、今回ご紹介している「クローリ、ティルシとフィレーノ」と内容的にはまったく同じじゃ・・・・。
 長さがちがうだけで。

 イタカンって、いったい・・・・。



 一応、「クローリ、ティルシとフィレーノ」のCDを実際に聴いた聴きどころをちょっとだけ。


 聴いたのは、これも以前ご紹介した、特徴的な2つのイタカン全集にうちの一つ、
 grossaレーベルのイタカン選集の第5巻。
 この一枚に、まるごとこの曲が収録されています。本選集の白眉とも言えるような一枚。


 ロベルタ・インヴェルニッティ(S)、
 イェツァベル・アリアス・フェルナンデス(S)、
 ロミーナ・バッソ(A)、
 ファビオ・ボニッツォーニ(指揮&チェンバロ)、アンサンブル・レゾナンサ
 による演奏。


 なお、まだこの作品はkohさんもとりあげてらっしゃらないので、
 以下、大まかなあらすじをもとにした勝手な推測が多々含まれると思われます。


 短調の、ものものしくも華麗なオーバーチュア
 いったいどんな波乱万丈のドラマが始まるんだ、と、ワクワクする気分が膨れ上がったところで、
 突然、チェンバロ(+bc)のみの伴奏で、やわらで軽やかな旋律が歌われる、第1曲・ティルシのアリア
 音楽を聴いただけで、幕が開いて、アルカディアの春の情景が眼前に広がるのが見えるかのようで、このあたり、ヘンデルの劇音楽作家としての抜群の手腕が冴えわたる。チェンバロの壮麗さも特筆もの。

 その後、しばらくの間、おそらくはティルシがクローリへのもんもんとした思いを歌うレチタティーボやアリアが続いた後、
 ついに、クローリが登場。
 それまでの沈んだ気分を打ち破るように、第6曲・クローリの舞曲風アリアが炸裂。
 チェンバロの飛び跳ねるような伴奏が、華やいだ気分をさらに盛り上げ、中間部では、リュートのしっとりとした響きが雅な雰囲気を演出する。
 それにしても、チェンバロやリュートがほんとうにうまい。

 それからは、クローリとともに登場した第3の男、フィレーノとクローリのやりとりがしばらく続きます。
 フィレーノの歌は、始めのティルシの歌よりも真摯な感じ。
 チェロやリュートのさびしいモノローグや下降音型、(第8曲)、
 静かな決意のようなものを感じさせるしっとりと落ち着いたメロディ、(第12曲)、
 フィレーノ、渾身のアタックか。 
 その中に、輝くようなオケの響きをまとった、ヘンデルらしい快活なモティーフと、バッハ顔負けの半音階モティーフとが交錯する、いかにも気まぐれなクローリのアリア(第10曲)がはさまれます。
 そして、日本の童謡「春が来た」のメロディそっくりのオブリガートがまぶしくも楽しげな、ヘンデル節大爆発の第14曲・舞曲デュエットで、この第1部エンディング。
 どうやら、クローリとフィレーノはすっかりできあがってしまったらしい?

 第2部は、それを物陰からずっと見ていた?ティルシと、クローリの修羅場がメイン。
 歌、オケによる超絶技巧の競演(第17曲)、
 Vnの目を見張るような高速パッセージ(第19曲)、
 対位法的なレチタティーボの数々、
 などなど、ヘンデルの鮮やかなワザが修羅場を盛り上げる。
 そしてまったく唐突に、まったく場違いとも思えるくらいに典雅極まりない、第21曲・舞曲アリアを歌い残し、クローリ、いったん退場。
 器楽のかっこうエコー?までが響きわたり、さわやかでさえある。
 ここでティルシとフィレーノ、二人ともうやむやにはぐらかされ、取り残されたと思われる。

 その後は、お約束の、二人のもんもんとした慰め合い。
 ここで聴いてる人は、そうだ、そうだ、こういうことあるよな、と共感するのか。
 そして、最後、またまた唐突な、前述した明るいまとめの三重唱で、全曲の幕。

 
 なんだか大した話らしい話もないのに、ずっしりとした、聴き応え。
 大充実の音楽にすっかり酔った一時間15分でした。



 なお、kohさんもご紹介している、上にあげたHWV132ですが、

 明るいアリア風挿入部つきのレチタティーボ、
 (~これは、アリア部分以外のレチタティーボも、明るく朗々とした、いかにもヘンデルなメロディックなもの)
 その後に続く対照的な2曲のアリア、
 (~苦しい胸のうちを切々と歌うシチリアーノと希望的な観測を歌う(開き直り?)の底抜けに明るいアリア)
 短いながらも、キラリと光る充実したラインナップで聴き応えあり。

 ぜひ、「クローリ、ティルシとフィレーノ」といっしょにどうぞ。
 せっかくなので、クローリの魅力を味わいつくしましょう?



 イタカン、なかなか奥が深い!
 


 おしまいに、お決まりのバッハの世俗カンタータのご紹介。


 この「クローリ」の牧歌的な世界に接して思い起こすバッハ音楽は、やはり傑作の森、ケーテン時代の数々の名作でしょう。

 明るいきらめきと、はじけんばかりの躍動感にあふれた、「バッハの初夏」、ケーテン時代の音楽。

 それらの最高峰、おそらくはかなりの数存在していたと思われる世俗カンタータのほとんどは、今では失われてしまいましたが、
 幸いそのうちの一部が教会カンタータに転用されたことにより、ケーテン宮廷で特別な機会に演奏されたであろうその音楽を、ライプツィヒ市民の一般市民と同じように、わたしたちも気軽に楽しむことができます。

 バッハは生涯を通じてカンタータを作曲したが、ケーテン時代のものだけはない、と、一般的に言われていますが、
 それはまったく表面的な見方で、
 実際には、失われたコンチェルトの断片などとともに、教会カンタータの山のあちらこちらに、まるで宝石のようにちりばめられているわけですね。


 ライプツィヒ第1年目(第1年巻)、ちょうど今頃の季節、春から初夏にかけてのカンタータ、

 あの復活節の大傑作、BWV66134

 そして、正に今週の聖霊降臨節のBWV173BWV184などがそれにあたります。

 バッハは、ライプツィヒで新しい生活を開始して初めての春に、ケーテンのまぶしい思い出の数々を、教会カンタータにしあげたのでした。

(それから、第2年目の作品ですが、やはり聖霊降臨節のBWV175(一部)、
 また、ジューンブライドというくらいですから、今の季節のカンタータとも言えなくもない、あの結婚式用カンタータの名作、BWV197なども、同系列の作品、ケーテン起源です。)

 ヘンデルの「クローリ」にも負けない、まぶしくもさわやかな舞曲アリアを中心に構成された、カンタータ群。


 上にあげた教会カンタータの原曲である世俗カンタータについては、
 BWV173aの総譜が残されている他、
 前回ご紹介した、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の記念すべき世俗カンタータシリーズの第1回目を飾る、BWV134aのように、復元されている曲もありますが、
 基本的に、演奏機会やCDも少なく、一般的にはなかなか気軽には聴くことができない状況にあります。
 (その意味からも、新しく始まったBCJの世俗カンタータシリーズは貴重なのですが)

 でも、わたしたちには、教会カンタータがある、というわけです。


 ここでは、ケーテンの世俗カンタータ起源であることが明確になっている教会カンタータ楽章を、まるっとご紹介しましょう。


 BWV134の第4曲デュエット

 BWV66の第5曲デュエット

 BWV173の第2曲テノールアリア、第4曲デュエット

 BWV175の第4曲テノールアリア

 BWV184の第2曲デュエット

 BWV197の第8曲ソプラノアリア


 どれもこれも、まるで宝石のようにきらめく、バッハの最高のアリアです。

 原曲を聴くことはできなくても、この機会に、失われたケーテンのまぶしい季節の幻影をぜひ。


 なお、「ケーテンのカンタータ」ではないですが、
 やはり聖霊降臨節(第2日)の2年目のカンタータ、BWV68は、あの初期の世俗カンタータの名作、「狩のカンタータ」 BWV208(これも上記BCJライブの上演曲ですね)からのパロディを多く含むことでも、特別初夏らしいカンタータです。

 さらに、同じく第2日用の、後期ピカンダー・シリーズの名作、BWV174は、それこそケーテンの象徴とも言えるあのブランデンブルク協奏曲(第3番 BWV1048の1楽章)が、冒頭のシンフォニアとして転用されています。

 いっしょに聴いてしまいましょう。


 * 6月14日追記

 1曲、大切な大曲を忘れてました。

 やはり聖霊降臨節の大名曲、BWV34

 バッハがかなり晩年になってとりまとめ、上演した曲ですが、主な楽章は、ケーテンの世俗カンタータからのパロディです。

 (作曲時期については、最近、もう少し早かったのでは、という説も浮上しているようです)



 これ以外にも、教会カンタータを聴いていると、ケーテンの世俗カンタータやコンチェルト、器楽曲等が起源としか思えない魅惑的な楽章が次から次へと登場します。
 これら、自分だけの「お気に入りのアリア」を見つけるのも、バッハの教会カンタータの森をさまよう醍醐味ですね。


 上記のさまざまなカンタータ楽章に関しては、

 お気に入りのアリアシリーズ

 に、次のような記事があります。↓
 ご参照ください。


 ♪ お気に入りのアリア ♪

  お気に入りアリアその1~BWV197、198~レオンハルト
  お気に入りアリアその2~BWV74、134~コジェナー、ロッチュ、リリング
  お気に入りのアリア番外編~BWV197 ソプラノアリアのCD
  お気に入りのアリア・復活節編 踊る双子の兄弟(姉妹?)~BWV134、66
  お気に入りのアリア・聖霊降臨節編 踊る双子の兄弟ふたたび~BWV173、184
  お気に入りのアリア・聖霊降臨節編 「夏への扉」~BWV68、174



そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

koh
2011年06月10日 21:09
こんばんは。わたしの記事に言及していただき、ありがとうございます。

「クローリ、ティルシとフィレーノ」、ヘンデルのカンタータの中でも指折りの名曲ですね。わたしもいずれ取り上げなければならないですが、規模が大きく大変そうです。
他にも「アポロとダフネ」とか「アミンタとフィッリーデ」とか大作があります。
「アミンタ・・・」はブリリアントのカンタータ全集の第3集に収録されているそうです。8月頃に発売、との噂もありますので、そのタイミングに合わせてアップできたら、と考えています。

Noraさんもおっしゃってますように、大作といっても内容は意外に大した話ではないです(中・小規模の作品も同じような内容が多く、「ルクレツィア」のようなのはめずらしいみたいです)。
当時のイタリア貴族の館で客人をもてなすときの慰みに、と演奏されることが多かったようですから、テキストの内容はこの程度でもよかったのでしょうかね。
2011年06月11日 10:42
リンクありがとうございます。
この羊飼い系(アルカディアもの?)カンタータに良く出てくる人名って、結局日本の狂言の「太郎冠者」「次郎冠者」みたいなもので、一種の「記号」なんでしょうね。
すでにこれらについて、観ている人達の間で「共通認識」が出来上がっていて、一から細かく説明しなくても「わかってる」キャラ(笑)なのでしょう。
便利ですね。
「クローリ、ティルシ~」は、音だけ聴いてると確かに「女子会」ですが・・・
2011年06月12日 00:49
 kohさん、こちらこそ、リンクさせていただき、ありがとうございます。
 おかげさまで、「クローリ」の謎も解けてまいりました。
 「アミンタとフィッリーデ」ですか、楽しみですね。
 年に1枚でも、順調にリリースされていけばいいのですが。

 ヘンデルのイタカンは、全体のストーリーこそ他愛もないものがほとんんどかもしれませんが、HWV132など何でもないような曲も、kohさんの訳を参考に内容を確認しながら聴くと、詞の中身を最大限に生かすような情感あふれる音楽がつけられていて、さすがヘンデルだなと思いました。
 いつに日か、「クローリ、ティルシとフィレーノ」も、ぜひお願いいたします。
2011年06月12日 01:10
 REIKOさん、リンクさせていただき、ありがとうございます。
 イタカンを聴き始めたら、やたらクローリやフィレーノが登場するので、いったいこいつら何者?と気になってしかたありませんんでした。
 この「クローリ、ティルシとフィレーノ」は、3人のキャラが割とはっきりと描かれているようなので、これによって、だいたいの「共通認識」イメージをつかむことができたように思います。
 それにしても、バロック・オペラは、女声が男性役を歌うので、CDだとほんとうに困りますね。イタカンのように短くてシンプルならいいですが、本格的なオペラとなると、映像付きか、よぽどオペラの内容を熟知してからでないと、もうわけがわからなくなってしまいます。
 「シーザー」は、まず映画を観て、ほんとうによかった。

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