ヘンゲルブロック、ブルックナーへの旅のはじまり~ロマン派CDを聴き直す【三位一体節後第1日曜日】

 「トーマス・ヘンゲルブロックに、そんなにも何を期待するのか」



 来日公演の記事はこちら



 また、rbhhさんが、ヘンゲルブロックのライブが聴ける、地元NDRのインターネットラジオのサイトをご紹介してくださっています。


 こちら↓

 NDR Sinfoieorchester auf NDR Kultur (rbhhさんのブログのページ)


 毎週ヘンゲルブロック&NDR響の演奏会録音が聴けるのですが、日本時間だと午前3時5分から・・・・。
 記事を見て大喜びしたのもつかの間、時間を見たとたん一瞬凍りつきましたが、そんなことは言ってられません。
 荒行と思い、早速気合で、今週月曜日深夜、というか、火曜日早朝の、ハイドン70番とブラームス4番(+プロコフィエフのコンチェルト)のプログラムを聴きました。

 これは、NHKFMでも放送されて、日本でも大反響を巻き起こした「ケルン・ライブ」で、わたしは聴きのがしていたのですが、今回こうして聴くことができてほんとうによかった。
 ブラームスの第4番フィナーレ、本来のパッサカリアとしての姿を、こんなにも豊かに、壮麗に表現しつくした演奏はこれまでに聴いたことがありません。その他の楽章も、わたしの理想通りのハードボイルドなしあがり。
 明滅する木管のさびしい光が心にしみわたる。少しやさしさがにじみ出すぎている気もしたが、そこがまた、ヘンゲルブロックらしくていい。
 わたしは、ブラームスは、1番よりずっと4番の方が好きなので、もしかしたら、実演の1番と同じくらい感銘を受けたかもしれません。
 東京公演で聴衆を驚かせたハイドンの70番も、本来このようにブラ4とセットで、バッハ・オマージュ・プログラムとしてピックアップされたものであることが、とてもよくわかりました。
 
 このように、日本公演で演奏されたほとんどの曲を聴くことができ、上記ブラ4の他、シューマンのラインなどの興味深い曲も。
 6月の最後には、東京公演2日目のライブも放送されるようです。
 この日の模様は、NHKFMでも放送される予定との案内がありましたが、ヘンゲルブロック&NDR響の伝説的な日本公演、聴き逃した方、また興味ある方は、ぜひお聴きになってみてください。
 


 まずは、少し早いですが、お知らせから。


 今度の日曜日(6月10日)は三位一体節後第1日曜日。


 カンタータは、

 第1年巻の、BWV75
 第2年巻の、BWV20
 後期、BWV39

 の3曲。


 過去記事はこちら


 <三位一体節後第1日曜>

    始まりはいつも Overture(BWV20、75他)
    (参考資料) コラールカンタータ年巻 「始まりの4曲」 一覧
    きちんと曲目解説~年巻の始まり。この機会に用途不明テキストカンタータの名作を
    バッハの「第3年巻」~BWV39、34の話題を中心に


 先週も少し触れましたが、今週から、1年の後半、夏~秋のシーズンが始まり、三位一体節後第○日曜日、というようになります。

 ちょうど今の時期にバッハはライプツィヒに赴任したので、バッハのカンタータ年巻もこれから始まります。
 ですから、上にあげたカンタータもバッハの気合を表すかのように、壮麗な序曲から開始されるものが多いわけですね。

 
 バッハの「カンタータ年巻」を通して聴いていくには、絶好のチャンスです。

 若々しい覇気と実験精神にあふれ、従ってバラエティに富んでいて、ケーテンの香りも色濃く残る、第1年巻。

 バッハの生涯の最高傑作である、巨大な「作品」、第2年巻=コラール・カンタータ年巻、

 バッハ後期の自由闊達、自在の境地のカンタータ群、第3年巻。

 第2年巻を超える、幻の最高傑作?の片鱗、ピカンダー年巻。

 
 バラエティに富んだメニューがそろっています。
 お気に入りはどれでしょうか。

 わたしは、(昨年も同じこと言ってますが)そろそろ、初期、ヴァイマール時代の、「まじめ」なカンタータ群も聴いていこうかと。


 今後ともよろしくおつきあいください。



▽ 都会の6月の花(サントリーホール周辺)

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 今日は、コンサートや放送ライブの余韻をかみしめながら、ヘンゲルブロックについて、表記のテーマで、思いつくことを書き連ねていきたいと思います。
 

 
  *    *    *    *    *    *



 周知の通り、トーマス・ヘンゲルブロックが、その音楽家としてのキャリアをスタートさせたのは、ヴァイオリニストとしてだった。

 さまざまな大指揮者とも共演し、20代でVnの教授にまでなったそうだが、歴史的・伝統的な演奏には我慢ならずに、「ロマンチックな」演奏に傾倒、現代音楽家の助手としてキャリアを積み、アンタル・ドラティにも師事。ハイドン好きはドラティの影響とのこと。
 さらにはジャズやロマの音楽に走り、スタン・ゲッツと共演したこともあるそうだ。
 もちろん、後期ゲッツにちがいないが、ヘンゲルブロックの日本ツアーのパンフレットのインタビュー記事に、スタン・ゲッツの名前を見つけた時には、心臓が飛び出るくらいに驚いた。
 好きなアーティスト同士が意外なところで結びついていることはよくあるが、
 どうやらヘンゲルブロックは、ライブの感想記事でテツラフさんに関して書いたとおりのイメージのヴァイオリニストだったようだ。


 そんな、かなり「やんちゃ」なヴァイオリニストだったヘンゲルブロックが、最終的に、自分の目指す道を古楽に見出し、アーノンクールのウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのメンバーとなったのは、ある意味必然だった、と言えるかもしれない。

 なぜなら、古楽演奏において音楽をさかのぼってゆき、やがてたどり着くことになる即興精神は、限りなくジャズや民俗音楽の精神と近しいからだ。現在の最先端の古楽演奏のポピュラー音楽への急接近が何よりもそれを物語っている。
 そのどちらもが、音楽の根源的な部分に深くかかわっている、ということ。
 古楽演奏が格式ばった学術的なもの、という思い込みはあきらかに見当違い。
 


 アーノンクールは、誰もが区別したがる、というか、ある種の固定観念からどうしても区別してしまいがちな、古楽とその他のクラシック音楽の垣根をあっさりと取り払って表現の幅を広げ、コンセルトヘボウ管弦楽団やウィーンフィルなど、「現代オケの伝統的な力」を借りて、ブルックナーの数々の名演を残してくれた。

 そして、今、ヘンゲルブロックは、同じく弦楽器奏者出身でもある、「師匠」のアーノンクールの後を追うかのように、
 NDR響という極めて伝統的なパートナーを得て、新しい表現の冒険へと旅出とうとしている。
 アーノンクールよりもずっと若い年齢で。
 奇しくもNDR響は、他のどのオケよりも、ブルックナー演奏の伝統を誇るオケでもある。

 わたしは、バッハとブルックナーが大好きなので、バッハとブルックナーの両方で、誰もが納得するような圧倒的な名演を聴かせてくれる音楽家の登場をずっと待ち望んできた。
 あのカール・リヒターがそれをなしとげようとして、途中で力尽きてしまったが、アーノンクールがそれを現実のものとしてくれた。
 そして、ヘンゲルブロック。
 基本的に、何でもやってやろう、という性分で、ある意味能天気なまでに主義主張が無く、よく言えば何ものにもとらわれることのない自由な心を持った彼の前には、無限の可能性が開けている。
 彼ならば、さらなる高みにまで到達する可能性を有しているのではないか。
 ヘンゲルブロックに大きな期待を寄せる所以である。


 こうして書いてみると、何だか極めて個人的で自分勝手な希望のようだが、まあ、その通り。
 もともとファンなんていうのは、そんなものだろう。

 また、ブルックナーやロマン派の得意な指揮者で、マタイ受難曲やロ短調ミサ曲の名演を残している指揮者は大勢いるじゃないか、と思われる方もいるだろう。
 だが、ロ短調ミサはともかく、マタイ受難曲などは、いくら大曲だろうと、バッハのほんの一部でしかない。
 わたしが心から登場を待ち望んでいるのは、「天才的なきらめき」や「霊感」などではなく、極限にまで磨き抜かれた職人的な「技芸」によって、バッハとブルックナーの夥しい作品をあまねく演奏し得る演奏家である。

 わたしも含めて、狭い視野の固定観念に縛られがちなクラシック音楽界で、バッハとブルックナーを等しく演奏し、どちらも高い評価を得るというのは、実はけっこうとんでもないことなのだ。
 それにバッハとブルックナーでの実績が揺るぎないものになれば、それは、さらに過去、さらに現代へと、そしてやがてはクラシックという窮屈な枠を超えて大きくつながってゆき、広大な「ジャンル無き音楽」という世界に広がってゆく可能性まで見えてくる。
 ヘンゲルブロックは、コンサートでミュージカルナンバーをとりあげることがよくあるという。
 わたしは、至高の理想として、というか、本来あるべき姿として、音楽はあらゆるジャンル、制約を超えて存在するべきだ、と思っているが、
 その意味で、ヘンゲルブロックには、同じような志を、最も強く感じている。
 とりあえずその第1歩として注目したいのが、ブルックナーへの挑戦でもあるのだ。  


 以前記事に書いたように、ヘンゲルブロックは、常任就任後、2回目のコンサートで、早くもブルックナーを演奏した。しかも、ヴァントが得意としていた6番。

 インタビュー記事で、ヘンゲルブロックがその時のことにも触れているので、書き出しておく。

 「ブルックナーの6番を演奏したとき、(わたしは)あの曲をあんまり演奏していないのに、オーケストラが実に自然に、嬉々として、ずばりと作品の根っこに達した。あれはすごかったですね。」

 なんといういいかげんさ、もとい、大きな心だろう。音楽の演奏の本質にかかわる実に興味深い言葉ではないか。
 これを読んで、ああ、この人はきっとやってくれる、という気持ちがより確かなものになった。

 インタビューのおしまいの方に、今後の課題としてあげている、ミヒャエル・ハイドンとブルックナーの「意義深い」プログラム、というのは、もう実現したんだろうか。
 それと、バッハとブラームスのプログラム、というのも。

 ああ、気になる。



  *    *    *    *    *    *



 これも、冒頭ご紹介したサイトをチェックしていけば、いずれ、おそらく近いうちに放送されることでしょう。

 楽しみです。



▽ 東京文化会館前から見るスカイツリー(ライトアップされていたが、うまく撮れず)
  ヘンゲルブロックさんも見ただろうか。

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 さて、現在、いつか彼のブルックナーを聴く予習、ということで、とりあえず手元にあるヘンゲルブロックのロマン派がらみのCDを聴き直しています。


 以下、主なものをピックアップ。  



 ヴォジーシェク 交響曲&シューベルト 交響曲第1番

  ドイツ・カンマーフィル  


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 前の記事に書いたように、コンサートで、他に買うCDが無くやむを得ず購入したCD。
 帰宅して早速聴いてみたが、思わぬ掘り出し物、買って大正解。
 正に、前述のような、ヘンゲルブロックの「新しい音楽」への挑戦を象徴する1枚であり、サインをいただいたこのCDを、一生の宝物として大切にしたい。

 普段あまり聴きなじみのない、シューベルトの1番からして、さわやかなロマンあふれる名曲、名演で、これだけでも大満足なところだが、
 すさまじかったのが、ヴォジーシェク!
 CDを買った時は、名前すら聞いたことが無く、いったいこれは????という感じだったのに、聴き終える頃にはもう、とても大切な作曲家の一人になってしまっていた。
 これこそが、ヘンゲルブロックが目指している、「いつものパターン」なのだ。


 後からいろいろ調べてみたことなどを総合すると・・・・、


 ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク。(1791年~1825年)

 名前からもわかるように、ボヘミアの作曲家。、
 モーツァルトの亡くなった年に生まれたこの北東ボヘミア主出身の作曲家は、スメタナの生まれるずっと前にウィーンにやってきて、ベートーヴェンの音楽を全身に浴び、
 このCDに収録された交響曲を聴く限り、ロマン派音楽の扉を高らかに開け放つような、濃厚なロマンの横溢する、しかもボヘミアならではの郷愁や土や草の香りの漂う作品を書いた。
 カップリングのシュ-ベルトの1番が、たおやかな美しさ、やさしさにあふれた名品ながら、完全にモーツァルトやハイドンの影響下にあるのに対して、ヴォジ-シェクのものは、すでに完全にロマン派ド真ん中といってよい充実しきった作品で、ヴォジーシェクが生涯にわたってシューベルトに大きな影響を与え続けた、ということを、否応なく実感することができる。

 ヴォジーシェクは、その後、正式にウィーンの宮廷オルガニスト!としての地位を得、いよいよ本格的な活動を開始しようとした矢先、病気になり、34歳の若さで亡くなってしまう。
 シューベルトが亡くなる3年前、故郷チェコでスメタナが生を受けた翌年のことだった。

 ヘンゲルブロックは、そんなヴォジ-シェクの大作交響曲を、それ以上は考えられないくらいの共感を持って、鮮烈に、生き生きと鳴り響かせている。
 ヴィジーシェクの音楽が、こんなにも普遍的なロマンにあふれる大名作として響くのは、もちろんヘンゲルブロックの、これはまごうことなき名曲だという100%以上の確信と自信に満ちた演奏によるところが多い。

 そして、ヘンゲルブロックには、ほんとうにボヘミア音楽の情熱と郷愁がぴったり。

 なお、ここでのドイツ・カンマーフィルは、古楽オケにしか聴こえないところがおもしろい。



 ちなみに、ヘンゲルブロックは、古楽のスペシャリストであることも含めたその経歴、ヨーロッパでの圧倒的な名声などから、今回の指揮者としての初来日に際しては、斬新かつ奇をてらった、「何か変わった演奏」を期待した方が多かったようだが、
 実は、これまで、古楽演奏においては、もちろん颯爽として、かつ彫りの深い演奏ではあるものの、まるでモダンオケとしか思えないような自然な演奏を聴かせることが常で、却ってその点がユニークと言えば言えなくもなかったくらいだった。

 それが、ここ数年指揮する機会が増えてきたモダンオケにおいては、逆に、なぜかバリバリの古楽っぽい演奏を炸裂させることが多く、何ともおもしろかった。
 上のドイツ・カンマーフィルのCDなどは、その代表格と言えるかもしれない。


 今回のNDR響就任にあたっては、そのあたりがどうなるのか楽しみだったが、
 就任記念ライブを聴いたかぎり、多少後者の古楽っぽいスパイスをきかせながらも、前者の極めて自然な表現を最大限に生かした、クラシックの王道、とも言える堂々たる演奏になっていた。

 そのあたりの雰囲気が見事に刻み込まれているのが、次の就任記念CD。


 現在、基本的にはその路線を守りながら、「一つのチーム」としてのNDR響との関係を、より成熟したものとしつつあるのは、来日公演の演奏で聴かせてくれたとおり。



 シューマン 交響曲第4番(初稿)&メンデルスゾーン 交響曲第1番

  NDR響


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 このCDのすばらしさに関しては以前書いた。
 曲が曲だけにシューマンのすごさは当然だが、今回は、メンデルスゾーンの1番の清新さに、改めて打ちのめされた。ほとんどノックアウト。
 たこすけさんの影響などで、メンデルスゾーンに前よりもずっと親しみを感じているせいもあるのだが、
 こうして、ヴォジーシェクのシンフォニー、そして、シューベルトの1番、メンデルスゾーンの1番、と、続けて聴き進めてゆくと、
 新時代を切り開こうとする若々しいロマンの息吹に陶然となる。
 そして、ヘンゲルブロックの表現の、何とそれにふさわしいことか!


 くわしい記事はこちら



 あと、なかなかあなどれないコンチェルトの伴奏。



 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲(Vn ダニエル・ホープ)


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 ご紹介記事は、こちら



 チャイコフスキー&リスト ピアノ協奏曲(P アリス=紗良・オット)


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 ご紹介記事はこちら



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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

2012年07月01日 17:15
ご無沙汰しています。
最近、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の「原典版」なるものをはじめて知りました。
で、CDを借りてきて指揮者をよくよく見たらヘンゲルブロックでした(笑)。
CDの写真を見た時から「どっかでこのCD見たことあるな」と感じていたのですが、そうかNoraさんのところだった(笑)

そんなことを記事で書きまして、リンクをはらせていただきました。

こんな形でつながってくるというのは非常に面白いものです。
2012年07月02日 22:53
 たこすけさん、どうも。
 ヘンゲルブロックの宣伝をしてくださって、ありがとうございます。
 知らずにお聴きになったとのことですが、もう他人とは思えないでしょう。(笑)
 このCD、ヘンゲルブロック初のメジャーレーベルにおけるモダンオケ録音で、改めて聴くと気合いが先走っているところもありますが、なかなかいいですね。Vn協奏曲もいいですが、たこすけさんがお書きになってらっしゃるとおり、オクテットがほんとうにすばらしいです。
 シンフォニーの1番というのも聴けば聴くほど良い曲に思えてきました。こちらの方は、カップリングのシューマンの4番の初稿ともども、堂々とした見事な演奏です。
 ネットラジオで、シューマンの「ライン」も聴きましたが、ヘンゲルブロック、今のところは、メンデルスゾーンやシューマンあたりが一番しっくりきているのかもしれません。
 いずれにしても、ヘンゲルブロック等を通じいろいろメンデルスゾーンを聴きましたが、やはり、メンデルスゾーン、ただものではないですね。
 これはヘンゲルブロックとは関係ありませんが、最近、メンデルスゾーンのちょっとすごいCDを入手し、すっかりはまっています。
 たこすけさんすでにご存じかもしれませんが、今度改めてご紹介したいと思っています。
rbhh
2012年09月06日 05:33
Noraさんご無沙汰です。日本はきっとまだ厚いのでしょうね。
ヘンゲルブロックと北ドイツ放送交響楽団のコンサートがまたラジオ放送されますのでブログでお知らせします。オープニングナイトは明後日ですよ!!
2012年09月07日 09:43
 rbhhさん、おはようございます。
 東京はまだ暑い日が続いてますが、今朝は風がさわやかで、びっくりしました。
 お知らせくださって、ありがとうございます。心から感謝します。
 今回も頑張って全部聴きます。
  

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