この夏旅立っていった3人のアーティストの思い出に【三位一体節後13】

 今度の日曜日(9月14日・三位一体節後第13日曜日)のカンタータは、

 第1年巻のBWV77
 第2年巻のBWV33
 その翌年のBWV164
 です。


 めっきり秋めいてきましたが、去りゆく夏をしのぶのにぴったりな、夏の終わりのトランペット、BWV77の登場です。
 バッハのトランペットと言えば、まずはブラウニーばりの輝かしい響きが思い浮かびますが、こちらはマイルスを先取りするような、物憂げで寂寥感あふれる、心に染み入るような響き。


 過去記事はこちら。↓


 <三位一体節後第13日曜>

    三位一体節後第13日曜(BW33他)
    曲目解説・全集でしか聴けない曲~晩夏のジャズトランペット(BWV77他)



 今日は、そんな音楽にもふさわしい話題を。

 この夏、相次いで亡くなってしまったアーティストたちを偲ぶCD。



 ラストダンス LAST DANCE

  キース・ジャレット&チャーリー・ヘイデン


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 チャーリー・ヘイデンと言えば、やはり真っ先に「ミズーリの空高く」が思い浮かぶ。心の奥深いところに焼き付いている大切なアルバムだが、過去記事を振り返ってみると、ヘイデンに関しては、むしろそれ以外の新譜紹介記事等での登場頻度が多いことに驚かされる。それだけ、大物アーティストからの信頼が高く、現代のジャズシーンにおいて大きな存在だったということだろう。
 ほんとうに若い頃から何でもできる人だった。これは、単に器用というだけでなく、どんな分野においてもちょっと普通ではありえないような高い次元で完成度の高い演奏をしてみせる、ということ。
 そういう意味で、この人も、ワンアンドオンリーな、ずば抜けた人だった。
 
 そんなチャーリー・ヘイデンが亡くなり、かつての盟友、キース・ジャレットとのデュオが、タイトルの「ラストダンス」の通り、ラストアルバムになってしまった。 


 この「ラストダンス」、ベストセラーになった名盤、「ジャスミン」の続編。
 続編といっても、最近、つまり亡くなる直前に再度録音したものではなく、ジャスミンの時のセッションの残りの録音を集めたもの。ジャスミンに収録済みのWhere Can I Go Whithouto You、Goodbye のとびっきりクオリティの高い別テイクも収録されているので、むしろ、こちらの方が決定盤と言ってもいい内容になっている。


 モンクとバドの名曲にたくさんのラブソングを加えた、直球ど真ん中のスタンダード集。

 このような演奏を聴くと、こういうスタンダード・ジャズというのは、ほんとうにコラールカンタータとよく似ている、と思う。
 ミュージシャン(コラールカンタータの場合はもちろん作曲者バッハ、ジャズの場合は演奏者、ということ)は、原曲を熟知している。その原曲が魂の血となり肉となっている。そして、聴く側もその曲を知っている。
 ここでは、その一曲の歌を核にして、その歌の力ありきの、特別で、かけがえのない心のつながりが実現するのだ。

 キースとヘイデンは、どれだけこれらの曲を演奏してきたことだろう。
 このCDで聴く演奏は、すでにそれぞれ自分自身の心の一部になっている大切な歌を、気心の知れた友人通しが互いに歌い交わすようなものだ。
 しかも、この二人、ただの二人ではない。そのどちらもが、ジャズ界を代表する超絶技巧とキャリアを有する。
 もはや何も必要ない。この曲をやろう、というだけで、二人の心から自然に音楽が湧き上がり、からみあって一つになり、その反応に触発され、さらに音楽は湧き上がり続ける。
 ちょっと他ではありえない、唯一無二の美しい瞬間が次から次へと出現する。
 ここでこの音が鳴るか、ここでこのパッセージがくるか、こうからんでくるか・・・・!
 そういう感興の連続。このことを「楽興の時」というのだろう。
 聴いているわたしたちもそこに加わえる幸せ!


 「ジャスミン」における別テイクも収録されたことで、曲目リストを見ると、結果的にGoodbye の文字がラストに2つも続いているが、わたしには演奏にそんな深刻なものは感じられず、むしろ微笑んでさよなら、というイメージに近かった。

 しかし、演奏の「語らい」が楽しかっただけ、音楽がすべて終わってしまった後の寂寥感は例えようも無い。
 さらに新しい「楽興の時」が生まれる機会は、もう永遠に失われてしまったのだから。


 「ジャスミン」

 感想を書こうと思って写真を撮ったが、そのままになっていた。

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 やはり、これは、両方聴くべき。
 というか、片方を聴くと、片方を聴かざるをえなくなる。

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 フランス・ブリュッヘン・エディション


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 1962年から1979年にかけて、フランス・ブリュッヘンがテルデック・レーベルにレコーディングした録音の集成。(12CD)

 バードやタヴァナーなど、イギリス・ルネッサンスのコンソート音楽から、テレマン、ヴィヴァルディ、クープラン、ヘンデルなど、ヨーロッパの幅広い地域にわたるバロック音楽まで、古楽・バロックファンには垂涎もののBOXセットだが、
 その中でわたしにとって最も大切な演奏は、レオンハルト(org)等との共演による、BWV106のソナチネ。


 1963年、その後の古楽の豊潤な平野を切り開いてゆく天才たちの、若き日の記念碑的な録音。
 いや、それだけでない。バッハのカンタータの中でも特に人気が高く名演の多いBWV106のソナチネだが、これほどまでに感動的な演奏はちょっと他では聴けないのではないだろうか。
 つまりは、あまたのカンタータ名演の中でも5本の指に入ると言っていいような、たいへんな演奏ということ。
 ここに聴く、どこまでも蒼く透き通り、微かに揺れる光を放っているかのようなリコーダーの響きは、いったい何だろう。
 小曲の範疇をはるかに逸脱した震えんばかりの感動にあふれる演奏は、もちろんこのブリュッヘンの表現力あってのものだろう。
 レオンハルトの静謐なオルガンの役割も大きい。
 しかし、この演奏、もう一つのリコーダーも、ガンバも、どれもこれもみんなすごい。それらのすべてが一つになって、さらなる凄味を醸し出している。
 結局は、これらの「仲間たち」の志の高さだろう。彼らは自分たちがこれから成し遂げようとしていることを、すでにはっきりと見据えているのだ。

 録音された1963年は、有名なカール・リヒターのマタイ受難曲が録音された数年後。
 このわずか2分ちょっとの演奏からすべてが始まった。
 レオンハルトは鍵盤奏者としてスタートしてバッハを極めようとし、一方のブリュッヘンはリコーダー奏者としてスタートしてバッハを極めようとした。
 ブリュッヘンには、バッハの声楽曲の大作にも名演の誉れが高いものが多いが、すべてはここに凝縮されているような気もする。


 レオンハルトはすでに亡くなり、ブリュッヘンもまた旅立っていった。

 弦楽器奏者としてスタートしたアーノンクール(彼はもちろんこのBOXセットの主要メンバーでもある)、そして声楽家としてスタートしたヘレヴェッヘたちも、やはり同じようにバッハを極めようとして、現在もなお旅の途中にある。
 残された彼らの一つ一つの演奏を大切に聴き続けてゆきたい、と、心から思う。



 The RING Without Wards 「ニーベルングの指環」管弦楽版

  マゼール&ベルリン・フィル


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 最近、来日してN響を相手に暴れまくり?さらにはブルックナー3番の見事なぶっとび名演CDをリリースしてくれたばかりのロリン・マゼール。今後がとても楽しみだっただけに、マゼールの訃報もあまりにも残念なことだった。

 これは少し古い録音だが(2000年録音)、上記ブルックナーを彷彿とさせるようなマゼールらしい爆演。

 言葉の無い指輪、ということで、舞台のビジュアルも無いオーケストラ編曲版なのに、あえてCDでなく、BD。映像版。
 しかも、マゼールの指揮ぶりを見ていると、オペラ以上に迫力満点でおもしろいような気さえしてくる?


 この人もほんとうの天才だった。





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カンタータ日記・奥の院

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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

ANNA
2014年09月11日 21:06
Noraさん、こんばんは。


かつて趣味でカンタータを歌っていた頃、入団後に初めて歌ったのがBWV106のカンタータ。その時、先輩がテープに入れて私に渡してくださったのが、ブリュッヘンがリコーダーを受け持つ録音でした。私にとってブリュッヘンとの出会いとなった大切な演奏です。
リコーダー奏者としての氏はもちろんのこと、指揮者としてのブリュッヘンも、私にとっては特別な人なんです。18世紀オーケストラとのベートーヴェンの交響曲全集・・・1番やエロイカなどいまだに、私にとってとっておきの大切な演奏となっています。
音楽は、その時々の思い出と分かちがたく結びついていますね。繰り返し聴いた音楽を届けてくれた演奏家や指揮者は、いつの間にか心の中の大切な場所に存在するようになっています。ブリュッヘンが亡くなって、本当に悲しい、寂しいです。
これからも、氏が遺してくださった音楽を大切に聴いていこうと思います。

ANNA
2014年09月11日 21:36
チャーリー・ヘイデンも旅立ってしまいました。
20代の頃からジャンルを問わず、ギターアルバムを集めています。
そんな中、パット・メセニーを聴くようになり、氏のアルバムを何枚か聴いた後に出会ったのが《ミズーリの空高く》でした。1日の終りに聴く音楽になっています。
Noraさんのように長い時間をかけて聴いてきたわけではないのですが、私にとって大切な音楽を届けてくださった方。少しずつ未聴のアルバムも聴いていきたいと思っています。
2014年09月15日 04:27
こんにちは。
フランス・ブリュッヘン・エディションでやっと聴けました。106番のソナチナの名録音。いつでも必感涙ですね。あまりにも良いので、そんなにたくさんは聴かないようにしています。
2014年09月16日 23:07
 ANNAさん、こんばんは。
 ブリュッヘンについては、わたしもどちらかというと、指揮者としてのイメージが強烈でした。18世紀オーケストラを率いて、バッハはもちろん、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと、次々と話題のCDをリリースして、ほんとうにすごかったですね。ハイドンなど、いまだによく聴くわたしにとっての標準的なCDとなっています。  バッハや古楽に興味を持って、後からリコーダー奏者としてのブリュッヘンを知り、改めてこの人のほんとうのすごさを思い知りました。
 晩年には、日本のオーケストラによく客演して、すばらしい古典派の音楽などを聴かせてくれたようなので、一度でも聴いておけばよかったと後悔しています。
 自分も年々年をとっているので当然と言えば当然ですが、いつもいてくれると思っていた人がいつの間にか高齢になっていて、いなくなってしまうというのは、やはりさびしいですね。
2014年09月16日 23:08
 続きです。
 パット・メセニーについては、わたしも主なCDしか聴いていませんが、チャーリー・ヘイデンとの「ミズーリの空高く」は、ちょうど同じ頃、20世紀の終わり近くにリリースされた、やはりベーシストのマーク・ジョンソンとの「駆けめぐる夏の足音」(THE SOUND OF SUMMER RUNNING)とともに、わたしにとってとても思い出深いアルバムです。2枚セットみたいにして、いつも、どこでも聴いていて、旅行などにも持っていきました。
 これこそ、ANNAさんがおっしゃる「その時々の思い出と分かちがたく結びついている」音楽のような気がします。
 チャーリー・ヘイデンはとにかく才能にあふれた人なので、このブログにもけっこう登場しています。よろしかったらご参照ください。
2014年09月16日 23:10
 garjyuさん、こんにちは。
 わたしもこのBOXセットでようやくCDをゲットすることができました。
 昔はよく、輸入店や中古店を回ってCDを探しまくったものですが、今は膨大なBOXセットの中に、ずっと長い間探し続けていた演奏がさりげなく紛れていたりすることがよくあります。
 ほんの1枚のためにBOXを買うのはもったいないようですが、値段もそれほどではないので、むしろお得に感じる場合も。
 レコードコレクターとしては、以前は想像もできなかった時代になったものですね。

> そんなにたくさんは聴かないようにしています

 お気持ち、とてもよくわかります。曲と言い、演奏と言い、ほんとうに「特別」ですよね。

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