祝!増上寺宝物展示室オープン!桜の中の幻影、台徳院霊廟~恒例・春の増上寺【復活節後第1日曜日】

 今日(4月12日)は、復活節後第1日曜日。


 カンタータは、復活節に引き続き、

 春のよろこび~復活節 【復活節(イースター)・カンタータ一覧】

 をご参照ください。


 先週は、せっかくちょうど桜の頃の麗らかな復活節になると思っていたら、東京では、桜が満開になった後で真冬のような気候に逆戻り、雪まで降って、まるで、これからまた桜が咲くのではないか、というような天気模様。
 復活節のカンタータが、ちょっと周りの様子とそぐわない感じになってしまいました。

 でも、ご安心ください。
 今週もまた、復活節の雰囲気を色濃く引き継いだ、春らしいカンタータの名品ぞろいです。
 今日は、やっと春らしい天候が戻ってきたみたい。
 復活節のカンタータはたくさんあったので、あわせて楽しんでしまいましょう。


 過去記事は、こちら↓


 <復活節後第1日曜>

    「教会」コンチェルト・バッハの最高の協奏曲は・・・・?(BWV42ほか)
    桜・さくら・サクラPart 2~江戸絵画でバーチャルお花見+BWV67簡単解説

 
 
 今日は、そんな天候不順のせいで残念だった反面、思いがけずにすばらしいものを観ることができた、という記録。



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 毎年楽しみにしている春の増上寺舞楽。(昨年は直後に四天王寺舞楽に出かける予定だったので見送り)
 今年は最終日の4月7日の演目が、あまりにも有名にもかかわらずこれまでおそらく一度も観たことがない陵王(蘭陵王)とのことだったので、昼休みを利用して胸高鳴らせて出かけた。

 ところが、当日はあいにくの冷たい雨。
 すでに数日前には桜が満開をむかえており、前日には気温が25度近くまで上がったのがウソのよう。

 

 冷たい雨の降り仕切る有章院(家継)霊廟 二天門
 桜はすでに散ってしまっている。

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 大門(左・はるか彼方にみえる)と三門

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 法然上人御忌大会のかんばん(イベントがもりだくさん)

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 境内には桜もけっこう残っていた。

 雨もかなり弱まってきたので、万が一を期待して、たのだが、

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 舞楽の舞台が華やかな姿を見せているはずの大殿前にはビニールシートがかぶされたまま、
 残念ながら、舞楽上演は中止だった。ガクッ。

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 かんじんの会場が・・・・。

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 せめて、本堂内にあった大太鼓の写真を。

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 日中法要(唱導師法要)


 この日はお練り行列等も無かったようが、(ただ、境内には、侍姿の方はいらっしゃった)
 そのかわり参拝者も普段よりは少なく、これまで間近で見られなかった法要の様子をくわしく見ることができた。


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 この左奥に楽師たちがいて、妙なる管絃の音を響かせていた。
 せめてこれを聴くことができてよかった。

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 日中法要(唱導師法要)に関する詳しい記事は、こちら


 
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 いつものように、春爛漫の境内で舞楽、とはいかずに残念だったが、
 実は、でかけていって、ほんとうによかったことが!

 それは、105年ぶりに里帰りした貴重な文化財「台徳院霊廟模型」の展示等を目的として、4月2日に新設されたばかりの増上寺宝物文化展示室を観ることができたこと。

 一昨年の舞楽の時には、光摂殿で、天井絵、襖絵、杉戸絵等が特別公開されていて感銘を受けたが、今回もすごかった。


 増上寺宝物展示室台徳院殿霊廟跡


 増上寺宝物展示室入口

 大殿と黒本尊が祀られている安国殿との間に入口が。
 大殿の地下に入り込む。

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 あの日光東照宮に比肩する江戸文化の精髄として、華麗極まりない威容を誇っていた増上寺の徳川将軍家霊廟群。
 残念ながら東京大空襲等によってその大部分が失われてしまい、今では誰も見ることができない幻の文化遺産、時空の彼方に消え去ってしまった往年のお江戸を象徴する風景の一つだが、
 なんと、その中でも最も壮麗と言われた台徳院(二代将軍秀忠)霊廟については、在りし日の雄姿を偲ばせる精巧な模型が存在していた!

 この「台徳院霊廟模型」は、明治43年にロンドンで開催された日英博覧会に出品されたもので、10分の一のスケールの、模型と言うよりはほとんど建造物と言った方がいいような大規模なもの。
 一つ一つ本物の建物と同様の部品を作成し、それを組み合わせて実際に「建築」したもので、しかも、正に日光東照宮を彷彿とさせる内部外部の夥しい彫刻や絵画、細かい装飾までもが忠実に再現されている。
 東京美術学校(現東京藝術大学、建築・古宇田実、彫刻・高村光雲)が中心になって、明治ならではの超絶技巧の限りをつくして完成させた、究極の工芸品とも言える作品。
 お江戸文化と明治の技巧のコラボでもあるのだ。

 博覧会後、英国王室に贈呈されたが、この度、徳川家康公没後400年を機に、英国ロイヤルコレクションよりこの台徳院霊廟がもともと建っていた増上寺に長期貸与されることになり、日本人スタッフのこれまた精密な清掃、修復作業を経て、幻の台徳院霊廟の実物とほとんど変わらない姿を、気軽に観ることができるようになった。

 なお、模型は屋根と本体が切り離された形で展示されており、建物内部もよく観ることができるようになっている。
 全体の想像以上の大きさ、華麗さに圧倒されつつ、細かい装飾は虫眼鏡でないととても全部観ることができないような、そんな、とんでもない「作品」。
 どれだけ見ても、決して見飽きることがない。見たりない。
 こんなにも精緻で美しいミニチュアは、かつて見たことが無かった。


 展示室の奥では、台徳院霊廟の来歴、清掃・修復作業等にかかわる映像作品を観ることもできる。
 実物はあまりにも細かすぎるので、この映像を観て、見どころを確認してから、実物を観るとよい。


 さらに、もう一つ、うれしかったこと。

 本展示室では、台徳院霊廟以外にも、膨大な増上寺の寺宝を交代で展示してゆくということだが、
 現在は、あの忘れもしない、狩野一信の「五百羅漢図」全100幅のうちの第1幅から第10幅までが展示中!
 今後、展示替えをしてゆく予定とのこと。

 江戸博ではものすごい人で、ゆっくりと落ち着いて観られなかったが、今回は、じっくりと、しかもすぐ近くで鑑賞することができた。そして、江戸博のように一挙に100枚でなく(あれはあれですごかったが)10枚ずつなのも、時間の許す限り集中して見ることができて、かえって良いかもしれない。
 こちらもまた、大胆さ、ユニークさと精緻さを兼ね備えた名品中の名品。
 どれだけ見ても、決して見飽きることがない。見たりない。

 

 さて、台徳院霊廟模型の展示を観て、その威容を目に焼きつけた上で、あらためて台徳院霊廟跡地に行ってみた。

 いつもの、バーチャル参拝
 

 台徳院(秀忠)霊廟は、ここに建っていた。

 台徳院霊廟で、もう一つ観ることができる建物、唯一元の場所に残る遺構惣門

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 いただいた絵ハガキ。

 門は同じようだが、仁王様の姿は見えない。
 門の向こうにはりっぱな勅額門(こちらも焼け残ったが現在は狭山不動尊にある)が見え、その中の階段を登った上に霊廟があった。

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 増上寺の将軍家墓所に展示されていたパネル写真より、台徳院霊廟の内部の写真。
 (以前撮影したもの。記事、こちら

 この内部まで精巧に作られた霊廟のミニチュアが、新しくできた増上寺宝物展示室に展示されていた。

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 ところで、

 実は、今回記事にした、台徳院殿霊廟の原型にもなった、日光東照宮に次いで古い徳川将軍家の壮麗な霊廟建築の実物を、意外なところで観ることができる。

 あの鎌倉建長寺の仏殿がそれで、あの壮大な仏殿、もとは台徳院(秀忠)の妻、お江の方の霊廟として、この増上寺に建っていた。
 お江の方は秀忠よりも先に亡くなったので、これは日光東照宮の次に造られた徳川家霊廟で、秀忠のものも、家光のものも、これにならって建築されたとのこと。
 つまり、建長寺の仏殿の威容からも、台徳院殿霊廟をしのぶことができる、というわけ。


 台徳院霊廟バーチャル参拝に関する詳しい記事は、こちら



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 写真右より、台徳殿霊廟惣門、増上寺経蔵、増上寺大殿、そして東京タワーが一直線に並んでいる。

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 一番南には、東照宮がにらみをきかせている。

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 途中立ち寄った巣鴨のスナップ。


 左、地下鉄駅の壁に描かれた売店の壁画。

 右、蔦。
 ひさびさに行列が少ないので立ち寄ろうと思ったら、味噌の陣ということで、醤油は無かった。
 がくっ。

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 増上寺境内で購入したおみやげ。かりんとうまんじゅう。
 香ばしくておいしい。

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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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