♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 始まりと終わり。ヴァンスカ、究極のシベリウス!〜生誕150年’15シベリウス巡礼4

<<   作成日時 : 2015/12/17 10:30   >>

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 当初、ヴァンスカ&読響の演奏会のことは、カム&ラハティ響の前に書いて、カム&ラハティ響の記事を、「シベリウス巡礼」の最終回とするはずだった。

 というのも、当初、ヴァンスカ&読響の演奏会については、池袋芸劇の第1番&Vn協奏曲のものだけを聴くつもりで、チケットもそれしかとっていなかったのだ。
 2、3、4番はリントゥさんですでに聴いている。
 ヴァンスカの1番を聴いて、ラストにカムの指揮する後期交響曲、5、6、7番を聴き、シベリウス巡礼終了、というのがはじめの目論見だった。

 しかしヴァンスカの1番があまりにもすごかったので、考えが変わった。
 その1番のコンサートのちょうど1週間後に予定されている、同じメンバーによる5、6、7番のコンサートを聴かないというのは、取り返しのつかない損失なのではないか、と思えたのだ。
 
 ヴァンスカの5、6、7番のコンサートがあることは当然知っていて、春先にはこのブログにも楽しみだというようなことを書いた記憶がある。
 しかしその直後、カムがラハティ響を率いて来日し、同じく5、6、7番のコンサートを行うことを知った。この二つのコンサートは、わずか1週ちがい。2週続けてシベリウスの5、6、7番を聴くというのは、当時のわたしにはいくらなんでもヘビーな気がしたし、サントリーホールが苦手ということもあって、結局カムの方を選んだ、という次第。
 しかし、他ならぬそのカムのコンサートに行って、シベリウスの後期交響曲と言ってもそんなに構える必要はまったく無く、気軽に楽しんでいいんだ、というとても大切なことを教えられた。
 このことは、前回カムのコンサートの記事で書いた通り。
 以前生で聴いたヴァンスカ&ラハティ響の5番の圧倒的な名演のことも思い出された。ヴァンスカが有名になるきっかけになった5番の初稿のCD以来、5番はヴァンスカの十八番中の十八番だ。
 さらには、ヴァンスカが6番、7番を日本で演奏するのは、何と今回が初めてだという。

 気が付いたら、次の日には、ヴァンスカの5、6、7番のチケットをとっていた。


 チケットが残っていて、ほんとうによかった。
 もう少しでほんとうにかけがえの無い体験を逃すところだった。
 正に、シベリウス巡礼のトリにふさわしい、すばらしいコンサート、わたしのシベリウス体験でも(それはわずかなものだが)、最高と言えるものの一つとなった。



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 それでは、まずは、1番&Vn協奏曲の演奏会から、順番に。


 11月28日(土)


 第181回 東京芸術劇場マチネーシリーズ

 シベリウス カレリア組曲

 シベリウス ヴァイオリン協奏曲

 シベリウス 交響曲第1番


  オスモ・ヴァンスカ指揮、エリナ・ヴァハラ(Vn)、読売日本交響楽団

  @ 東京芸術劇場コンサートホール


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 1番を、よく言われるような「他作曲家の影響が強い民族主義作品」などではなく、シベリウスの出発点である大交響曲として演奏。

 とにかく、音楽の呼吸、スケールの大きさがただごとではなかった。
 ヴァンスカ、さらにとんでもない巨匠になっていたことを実感。

 この翌日には、カムの5、6、7番のコンサートが控えていたが、一週間後に予定されているヴァンスカの5、6、7番のコンサートも聴くことを決心した経緯は、冒頭に書いた通り。


 この日は、ヴァハラさんのヴァイオリン協奏曲がまたすばらしかった。

 しなやかなVnが紡ぎだす、どこまでもやわらかで繊細な音楽。
 緊張感あふれる、冷たく透き通ったシベリウスのVn協奏曲もいいが、こんな感じもほんとうにいいな、と思った。

 この日のコンサート全体の最大の聴きものは、ヴァハラさんのアンコールだったかもしれない。

 バッハのパルティータ第2番のサラバンド。
 シャコンヌの影に隠れがちな曲だが、たいへんな名曲であることを思い出させてくれた。
 やさしい木陰の光のように、ゆらゆらと美しく揺らぐサラバンド。
 やっはりバッハは良い。例えようも無く、良い。


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 そして・・・・、

 このすばらしいコンサートは、プロローグだった。


 いよいよ、ラスト。

 これで、今年、このシベリウスの後期交響曲、5、6、7番というプログラムを、3度も聴いたことになる。
 正にシベリウス・イヤーならではの貴重な体験だが、このふだんは滅多に聴くことができないプログラムをごく近接して3度聴いたからこそ、書けることがある。これもまたシベリウスイヤーだからこそだと思うので、きちっと記録しておこうと思う。


 12月4日(金)


 第553回 定期演奏会

 シベリウス 交響曲第5、6、7番

  オスモ・ヴァンスカ指揮、読売日本交響楽団

  @ サントリーホール


 華やかなクリスマスのサントリーホール

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 交響曲5、6、7番。

 このコンサートを聴く前に、すでに今年ライブで2回づつ聴いているし、その他にもよいCD全集がたくさん出たほか、TVでの放送等もあって、もう何度も聴いて、これらの曲はこれまで以上に、自分の地となり肉となっている。
 飽きるどころか、聴けば聴くほどこれらの曲のことが好きになる。
 曲の良さに心を満たされて、聴きたくて聴きたくてたまらない状況。
 その上、上記したようにカムからは楽しんで聴くことを教わっている。

 そういう状態で、コンサート当日を迎えた。
 これまでとは、そもそも前提条件がちがうということを、まずは記しておきたい。


 さらに、オケはカンブルランに鍛え抜かれて最近進境著しい読響、
 指揮は、現代最高の「シベリウス指揮者」、ヴァンスカ。

 いや、
 もはやオケがどこの国だ、指揮者がどこの国出身だ、などということはどうでもいいこと。

 ヴァンスカ、渾身の力を込めて、オケの一人一人に対して、ものすごく細かく指示を出し、オケも必死にそれに応える。
 ある程度オケにまかせて最上の結果を引き出していたカムとはだいぶちがうが、
 一つ一つのフレーズが、これ以上無いほど心を込めて大切に奏されるため、くっきりと生きている。心にびんびん響いてくる。そして、その連なりの中から、曲の核心が、鮮やかに、悠然と姿を現す。
 それを味わうのが楽しくてたまらない。幸せでたまらない。

 シベリウスの書いた音、そしてシベリウス心がストレートに伝わってきて、正に至福の時間を過ごすことができた。


 ヴァンスカの後期交響曲を聴いて、あらためて強く思ったのは、それがよく言われるような、単なる「北欧の音楽」、あるいは「大自然の音楽」、「孤高の音楽」ではなく、他ならぬシベリウス自身が目指していた通りの、もっと、バッハやベートーヴェンに近しい、幅広く全人類にかかわるような、普遍的な音楽、人間的な音楽だということ。

 例えば、このコンサートで最も強く感じたのは、ハードボイルドなセンチメンタリズム。
 最も人間くさい感情だ。
 6番の第2楽章など、ブラームスの緩徐楽章みたいだった。

 これまで何度も書いてきたことだが、わたしは、昔からシベリウスの音楽を聴くと、ギャビンン・ライアルなどの冒険小説を思い浮かべてしまう。
 G・ライアル、ある意味ハードボイルドの極致、読者は孤高の飛行体験を味わうことができる。
 従って、シベリウスの音楽は、わたしにとっては、極上の「飛行音楽」だ。
 今回の演奏は、改めてそのことを裏付けてくれるようなものだった。

 ブルックナー・トイレと同様、今や名物となっているシベリウス・トイレも、そのせいなのでは。


 シベリウスの音楽の中には、確かに美しい自然の情景があるかもしれない。

 しかし、キモは、その中に佇む、孤高の人間の魂の方だ。


 5番、さすがにヴァンスカの十八番だけあって、とてつもない演奏だった。
 はじめの1音からおしまいの和音まで、いろいろなことがギッシリと詰まった密度の濃い演奏で、細かい一つ一つの感想はとても書ききれないので、ここでは一つだけ。
 フィナーレのコーダ。
 特徴的な和音の連なりを、あんなにもゆっくりと噛みしめるように鳴らした演奏は久しぶりに聴いた。
 音と音の間のその長い時間を、あふれんばかりの心の音楽が埋め尽くしているのがわかった。
 自然の歌ではない。人間の心の歌である。
 わたしには、この読響が演奏した5番は、かつてラハティ響を指揮したヴァンスカ自身の演奏に決してひけをとらないばかりか、ヤルヴィおじいさん&エーテボリ響の5番の超名演にも迫るもののように感じられた。

 
 6番の演奏がのセンチメンタルな情感あふれるものだったことは、前述の通り。
 思いっきりその唯一無二の世界にひたることができた。 


 そして、

 ラストの7番。

 冒頭のテーマが、オケの強奏に揺られるように変容して奏される中間部分、
 それに続いて、ブルックナーも書いたような、心弾むようなロムアルメ音型の舞踏モチーフが何度も何度も対位法的に繰り返される後半部分、
 そしてその明るいこだまを振り払って、最後の旅にのぞもうとするかのようなコーダ。

 このあたりのヴァンスカ&読響の演奏は圧倒的だった。

 それを聴いている時、わたしの脳裏には、一つの映像が浮かんでいた。
 折しも、コンサート直前にニュースで観て、心に焼き付いていた映像。
 この日の前夜、ハヤブサ2がスイングバイに成功した。その姿をとらえた映像だ。
 満点の星空を背景に、すさまじいスピードで疾走する小さな小さな、光の粒。
 そして、ハヤブサ2が撮ったという、どんどん近づく地球の写真。

 ふるさと地球に一度は戻ってきたものの、これは帰還ではない。それまで以上に遠い、はるかなさらなる旅の出発なのだ。
 これ以上、ハードボイルドなことが、センチメンタルなことがあるだろうか。

 シベリウスの後期交響曲は、つまり、そんな音楽のように、わたしには感じられた。


 それを教えてくれたのは、今回のシベリウスイヤーのシベリウス巡礼。

 巡礼の最後になって、その最高の演奏を、ヴァンスカ&読響が成し遂げてくれた。

 確かに、これがわたしの「巡礼」の最後だったこと、はやぶさ2のことなど、はじめから、感動的な演奏になるのが自明とも言えるさまざまな要素はあった。

 しかし、ライブというのは多かれ少なかれそのようなもの。


 わたしは、ヴァンスカの演奏がカムの演奏よりもすごかった、などと言っているわけではない。そもそもこういうことは比較できないし、絶対に比較すべきではない。

 ただ、一つだけ、声を大にして言いたいことがある。
 
 カムの演奏会は、超満員だった。当然だ。それだけの演奏だった。
 しかし、今回の読響の定期は、7、8割の入りだった。
 痛感するのは、これだけの演奏を、ただ日本のオーケストラの演奏だから、という迷信みたいな思い込みで、聴き逃してしまったらもったいない、ということ。


 シベリウスの音楽の場合、特に「フィンランドの音」が必要不可欠だと信じられている。
 「音色」、「名人芸」。もちろん芸術においては、それらある種外面的な要素も必要にはちがいないが、こと音楽という芸術の場合、それ以上に大切な「核」となるものが確かに存在する。
 そして、シベリウスの音楽は、これまたよく言われているように「大自然」を表現した音楽などではなく、上記したような、その自然の中で生きる人間そのものの音楽だと思うのだ。
 従って、「核」のウェイトはむしろ限りなく大きくなり、その「核」がきちんと伝わりさえすれば、「音色」や「名人芸」はもはや脇役でしかなくなるような気がする。
 もっとも、その「脇役」としての部分をとことん楽しむ、という聴き方もあるけれど。



 さて、’15シベリウス巡礼、

 これでとりあえずは最終回だが、それは、今年、シベリウスイヤーに限ってお話。


 これからも、もちろん、シベリウスの旅は続くし、来年早々、実はわたしが一番聴きたかった指揮者のシベリウス他のコンサートに行く予定。

 交響曲ではなく、管弦楽曲、しかも、「4つの伝説曲」、こちらはバリバリの北欧カラーのシベリウス!

 さて、どうなることか。

 と、いうわけで・・・・、

 続く

 CDの紹介も、あらためてやります。



 クリスマスのサントリーホール付近のアルバム。


 いつものサントリーホールへの道も、華やいだ雰囲気。

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 泉ガーデンタワーのクリスマス

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 広場

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 地下入り口のツリー

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 1入口階のツリー。左は外から。右は中から見たところ。

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 建物に上がるエスカレーターとエレヴェーターのある吹き抜け。

 無数の光の窓の中で、流行のスーツを身に纏った大勢の人たちが颯爽と働いている。
 今も強烈に心に焼きついている、「未知との遭遇」のUFOの内部みたいだ。

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 回廊から広場を見下ろす。

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 ANAインターコンチネンタルホテル東京のツリー

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 開演前は、いつもここで軽く食事。

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 こちらは、1番を聴いた、東京芸術劇場のアルバム。


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 こんなのもやっていた。

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