春の戴冠!ボッティチェリ&デュファイ夢のコラボ~ボッティチェリ展+ヴォーカルアンサンブルカペラ演奏会

 「御母は花咲き花咲かせたまえ
 音楽家たちの流麗な調べにのって、偉大なデュファイのカデンツがいや増しますよう、この偉人に幸がありますよう。
 (中略)
 比類なきジョスカンが栄誉を受け取れますよう」

            ピエール・ムリュ 「御母は花咲き」より(花井哲郎氏訳)

                       ~「メディチ写本」所収のモテトゥス



 前回の舞楽に続き、今回も古い古い音楽に係る話題。

 と、言っても、舞楽と比べてしまうと、こちらはほんの?500年ちょっと昔の音楽だが、やはり、春を呼ぶ音楽です。

 春そのものと言うべき絵画と合わせて。



 3月19日(土)

 


 ☆ 日伊国交樹立150周年記念

 ボッティチェリ展

  @ 東京都美術館



 ☆ 東京・春・音楽祭 2016

 東京都美術館ミュージアムコンサート
 「ボッティチェリ展」記念コンサート vol.1
 
 ギョーム・ディファイ「ばらの花が先ごろ」、
 ジョスカン・デ・プレ「ああ、いとも賢いおとめ/幸いな御母」、ほか


  ヴォーカル・アンサンブル カペラ

  @ 東京都美術館



 日伊国交樹立150周年を記念して、日本で空前の規模となるボッティチェリの大回顧展が実現!

 さらに、その展覧会を記念したヴォーカル・アンサンブル・カペラによるデュファイ他の初期ルネッサンスのモテトゥス等の演奏会が、東京・春・音楽祭のミュージアム・コンサートとして、展覧会場である東京都美術館の講堂で開催された。


 デュファイ、ボッティチェリ、
 音楽と美術、それぞれの分野でルネッサンスの扉を開け放った巨人。

 デュファイは1400年前後の生まれ、1474年没。言うまでも無くブルゴーニュ出身で、若い頃はローマ等でも活躍したが、後半生はほとんどサヴォワやカンブレ(現フランス)がその活動の中心だった。
 一方、ボッティチェリは1445 or 6年生まれ、1510年没。その生涯を通じてほとんどフィレンツェから離れることは無かった。

 生きていた時代が四半世紀ほど重なってはいるものの、デュファイの方が半世紀も先輩だし、活躍した場所も異なるので、物理的な接点はほとんど無いはずだが、
 この二人の巨人の芸術の精神的な気風、歴史上の位置づけは、限りなく近しい気がする。

 何よりもデュファイは、ボッティチェリが生まれるほんの数年前に、他ならぬフィレンツェの象徴とも言えるやはり初期ルネッサンスを代表する大建築、花の大聖堂=サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の献堂式のために「ばらの花が先頃」を書き、音楽の新しい時代の到来を高らかに宣言しているのだ。(記事、こちら
 その数年後に、ボッティチェリ誕生。正にルネッサンスの風を全身に浴びて成長したわけで、ある意味これ以上の接点は無いような気がする。

 もう一つ、共通点、

 ルネッサンスそのものとも言えるような完全無比な美しさを誇るジョスカンやラファエロに対し、デュファイもボッティチェリも、その作品には前時代、中世の薫りが色濃く残されている芸術家だということ。
 そして、その「ちょっとはずれたところ」が、現代のわたしたちから見ると、何だかみょうちきりんでもあるが魅力的であり、規格外のスケール感を感じさせる大きな要因にもなっている。

 デュファイは完全な中世音楽から出発しながら、様々な国の新しくダイナミックな潮流を敏感に吸収、総合し、自ら新時代の扉を開け放った作曲家。
 従って、もともと古風なところもあるのだが、そんな中、突如として新しい風、ルネッサンスの風が大きく吹きわたる瞬間が続出するところが、何よりの魅力。

 それに対してボッティチェリは、周囲に次々と湧き起る新しい潮流をその身に吸収しながらも、あえて古い伝統や技法にこだわり、それらを駆使することによって、逆にルネッサンスの新しい精神を表現したようなところがある。
 日本絵画にも通じるような様式的な美。わたしたち日本人にとって、その逆説的な新しさ、絢爛たる美しさは、ラファエロの極限的な美よりもずっと親しみやすい位置にあるような気がする。

 と、いうわけで、デュファイとボッティチェリ、
 時代や作品制作に対する姿勢等は異なれど、結果的にはどちらも、古い伝統に立脚しつつ、だからこそ新しい清新な芸術を創造し得た巨人といえるわけだが、
 そんな二人の芸術の奇跡のコラボが、春を待つ上野で実現したわけだ。


 カペラの生き生きとした演奏で、他ならぬデュファイの「ばらの花が先ごろ」を聴いてから、フィレンツェに生涯を捧げルネッサンスの春を描き続けたボッティチェリの「本物」をこの目で観る至福。
 正に、かけがえの無い、一期一会の体験だった。



 以下、展覧会と演奏会、個々の感想を簡単に。

  

 日伊国交樹立150周年記念

 ボッティチェリ展

  @ 東京都美術館


▽ 左の絵は、ボッティチェリではなく、
  ボッティチェリの先生の息子でボッティチェリの弟子でもある、フィリッピーノ・リッピの作品。(部分)

  ざっと見た限り、今回の展覧会で楽譜が描かれている唯一の絵だった。
  (下のヴォーカル・アンサンブル・カペラの演奏会の記事中で細かく触れています)

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 もちろん「春(プリマヴェーラ)」や「ヴィーナスの誕生」が来ているわけではなく、また一口にボッティチェリの作品と言っても実際にはかなりの数の工房作も含まれている。
 従って、作品の数からすると、ボッティチェリ周辺のフィリッポ&フィリッピーノ・リッピ親子作品展的な様相を呈していたが、
 「春」や「ヴィーナス」等の大作にそのまま通じる珠玉の作品、普通だったら一枚だけでも観るのが難しいような、ボッティチェリ本人の手による作品がいくつか並んでいるのをこの目で観ることができたのは、やはり貴重な体験だった。

 同時代の多くの作品の中にあって、ボッティチェリの作品は、まぶしく光り輝いている。これは比喩ではない。文字通り輝いているのだ。やはりうまい。例えようも無くうまい。とにかく、線が、色が生き生きとしている。
 ただ、同じボッティチェリの作品の中でも、その輝き具合がまちまちで、このあたり、ボッティチェリの気合の入り方が顕著に表れていて興味深かった。(修復の状態によるのかもしれないが)
 また、ほかの作家に比べ、突っ込みどころもやたら多い。とにかく、おもしろい。


▽ 聖母子と4人の天使(バラの聖母)

 工房作と言われているが、ボッティチェリらしさ全開の作品のひとつ。

 一番右の天使を見よ。フィリッピーノ・リッピなどの同種の作品は、もっと整然としていてすべてが優美、こんな妙ちきりんな天使は登場しない。(下の演奏会の感想のところに載せた絵と比べてほしい)
 さらに、ちょっかいを出されているイケメン天使の目もすごい。

 作品的も、ルネッサンスの春そのものを思わせる淡く明るい色彩の花々&天使たちのど真ん中に、ドーンとマリアの深い青!のインパクト。
  
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▽ 女性の肖像(美しいシモネッタ)

 有名な「美しきシモネッタの肖像」のきらびやかさ、華やかさも良かったが、ほとんどの装飾を排したこの肖像画の静謐さが、深く心に残った。

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 その他、これも工房作になるが、巨大な壁画風な「パリスの裁判」も良かった。
 この人のパノラマ大画面の魅力は格別。こうなるとやはり「春」や「ヴィーナス」が見てみたくなった。


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 東京・春・音楽祭 2016

 東京都美術館ミュージアムコンサート
 「ボッティチェリ展」記念コンサート vol.1
 
 ギョーム・ディファイ「ばらの花が先ごろ」、
 ジョスカン・デ・プレ「ああ、いとも賢いおとめ/幸いな御母」、ほか


  ヴォーカル・アンサンブル カペラ

  @ 東京都美術館


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▽ 東京文化会館の東京・春・音楽祭の装飾。

 桜が咲く前、毎年これを見ると、もう春だな、と思う。

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 1、グレゴリオ聖歌 入祭唱「ここは畏れ多い場所」

 2、ギョーム・デュファイ モテトゥス「ばらの花が先ごろ」

 3、ハインリヒ・イザーク モテトゥス「誰が私の頭に水を与えるか」

 4、グレゴリオ聖歌 アンティフォナ「幸いな御母」

 5、ジョスカン・デ・プレ モテトゥス「ああ、いとも賢いおとめ/幸いな御母」

 (特別プログラム)

 めでたし海の星(アヴェ・マリア・ステラ)

 -フィリッピーノ・リッピ「聖母子、洗礼者ヨハネと天使たち」(コルシーニ家の円形画)に
  描かれた楽譜による3声のモテトゥス

 6、ピエール・ムリュ モテトゥス「御母は花咲き」

 (アンコール)

 ピエール・ド・ラ=ラリュー モテトゥス「めでたし天の女王(アヴェ・レジナ・チェロールム)」


 カペラによる演奏会は、始めから終わりまで考え抜かれたプログラムがよかった。
 ルネッサンスの幕を開け放ったデュファイが、展覧会ゆかりの地・フィレンツェの象徴でもある花の大聖堂のために作曲したモテトゥスから始まり、以下、ルネッサンスの代表的作曲家の作品からフィレンツェと関連の深い作品を並べ、最後はメディチ写本から、ジョスカンの弟子のムリュが作曲した、それまで登場した作曲家たちの名前が連なる賛歌のようなモテトゥスでしめくくる、という凝りよう。
 いつものように花井さんのていねいな説明を交えながら、実際の演奏を聴かせてくれた。
 美術は好きだけれど、普段はルネッサンス音楽にはあまりなじみが無いと言う方でも、その日観た展覧会にからめてルネッサンス音楽のエッセンスを興味深く聴くことができるように工夫されていたと思う。
 デュファイとジョスカンの名作に関しては、定旋律に使用されているグレゴリオ聖歌を演奏してからモテトゥス本編を聴かせてくれたのもよかった。
 さらには、当初組まれていたプログラム以外にも、展覧会に展示されている絵の中に描かれている楽譜の音楽を実際に聴かせてくれるサービスぶり。
 「もしかしたら世界初演?」と花井さんは笑っておっしゃっていた。これだけしっかりとした音楽の正確な楽譜が描かれている以上それは無いと思うが、実際に音としてその音楽を聴いてから、絵の実物を観る感慨はまたひとしおだった。
 
 カペラによる演奏も、さすがに堂々たるものだった。

 カペラもいつの間にか結成20年近い歴史を誇るアンサンブルになった。
 アンサンブルとしての精度がますます高い次元に達してきているのは当然のこととして、一人一人の歌がずばぬけてうまくなり、声も個性的になっているので、それらが一つになって生み出される響きは、中期ルネッサンスを得意とするアンサンブルによく見られるような完全無欠で無職透明なものではなく、どちらかというと手作りの感触で、色彩感豊か。
 ルネッサンス初期、さらには中世にも十分対応できる迫力もあり、わたし好み。
 
 従って、特に冒頭のデュファイが名演奏だった。日本で、日本のグループによって、このような演奏が日常的に繰り広げられているということは、何よりも幸福。誇りに思いたい。
 ジョスカン等ルネッサンスど真ん中の作曲家に関しては、世界的に見れば、もっと「完璧に」その美を実現しうる団体があるかもしれないが、前述の通り、中世的な素朴さと共存するデュファイの清新さは、カペラのような手作りの音楽でこそ生き生きと表現され得るような気がする。
 初夏の鎌倉での「セ・ラ・ファセ・パル」がますます楽しみになった。

 わたしがよく聴きに行っていた頃と比べると、若いメンバーが増えていたことも、カペラの魅力をさらに増幅させていた。
 カペラのトレードマークのコワイヤブックの譜面台から落ちそうになった楽譜を鮮やかな俊敏さを見せてキャッチしたり(会場からは拍手が)、行方不明の楽譜を走って探しに行ったり、大活躍。


▽ フィリッピーノ・リッピ 「聖母子、洗礼者ヨハネと天使たち」(コルシーニ家の円形画)

 この絵に描かれている楽譜を実際に演奏してくれた。
 右は、コンサート用資料として用意してくれたもの。
 下部のコピーは、楽譜が見やすいように上下逆さに反転した上で拡大してある。

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 上野公園の桜の状況(展覧会&演奏会に行った、3月19日(土)時点)


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 一本だけ、ほとんど満開の桜も。

 東照宮の入口の桜。種類がちがうのだろうか?

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 実は、この桜、メリーゴーランドの中から生えている。あやしい。

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 東照宮にお参り。


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 日光東照宮を思わせる豪華絢爛な姿に最近修復されたばかり。
 修復後、一度も訪れていないで、今度行かねば。

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 すぐ横の動物園園内の五重塔の周囲の池あたりから、ものすごい猛獣のような鳴き声が響いていた。
 何かの鳥だと思うが、残念ながら姿は見られなかった。

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