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zoom RSS 祝!旧浄瑠璃寺十二神将勢ぞろい。圧巻!「運慶一族」の作品展〜運慶展@トーハク【三位一体節後23】 

<<   作成日時 : 2017/11/17 11:31   >>

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 会期終了までいよいよ10日を切り、ますます盛り上がっている様子ですが、何とか記事が間に合いました。
 先日アップした春の快慶展の記事の続編ということになります。



 興福寺中金堂再建記念特別展 運慶

  @ 東京国立博物館 平成館 〜11月26日(日)まで


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 ついこの前、春の快慶展の記事をようやくまとめたばかり。
 その中で、自分の快慶愛を再確認した上で臨んだこの運慶展、

 快慶展とがっぷり四つに渡りあえるような、圧倒的な内容の展覧会だった。

 ただ、振り返ってみると、内容の濃さに対してかんじんの運慶その人の印象がなぜか希薄であることに気が付いた。
 
 これは何もわたしが快慶贔屓だから、というのではなく、偏に当時の仏像造営において運慶の果たした役割、そして、そこから若干乖離した「運慶伝説」ともいうべき固定観念にがんじがらめになってしまっている現在の美術界の「運慶観」のせいのような気がする。
 錚々たる作品群の中で、運慶という芸術家の「実際」の業績があやふやなのである。
 しかも、その時期の作品の良い所、優れたところをすべて運慶個人と結び付けようとしているので、よけいわかりにくくなってしまっている。

 春に快慶展を観た後には、快慶の(真作として)心に残った最高傑作ともいうべき作品をいくつかあげることができた。
 しかし、今回は、運慶がほんとうにその手で実際に作った「最高傑作」をあげるとしたら、果たしてどれをあげたらいいんだろう、と、考え込んでしまった。



 とにかくすごい展覧会だった。
 鎌倉時代初期、日本の仏像芸術の奔流がダイナミックに躍動し、いきなり究極の高みへと登りつめた時代、
 その時代を代表するような至高の仏像のオンパレード!
 

 この展覧会で最も感銘を受けた展示の一つが、実は、展覧会の導入部分、康慶のコーナーだった。
 運慶の父であり、師匠でもある(そして、快慶、定慶の師匠でもあった)康慶の貴重な代表作がズラリと一堂に並ぶ。

 南円堂の法相六祖坐像、古の高僧たちがまるで実際にそこにいるかのようなすさまじいまでの実在感。康慶は写実の開祖とでもいうべき位置づけの仏師なのだが、写実を目指しながらもすでに写実を飛び越えてしまっていて、極限までデフォルメされたそれぞれの僧の個性が、その実在感につながっている。
 伝善球坐像など、思わず、生きている!と思った。

 さらに同じ空間には、現仮金堂安置の四天王像がドドーンと並んでいる。
 鮮やかな彩色がよく残る、ほとんどが2メートルを超える巨像群(多聞天のみ198センチ)。
 ダイナミックな表情・ポーズ、ズシーンとした量感、内部の筋肉の躍動さえもが伝わってくるかのような甲冑や衣の丁寧な造形、装飾の華やかさ、そして邪鬼たちのただならぬ凄み、
 何よりも大らかで豊か、スター仏ぞろいの興福寺にあって、ふだんはそれほど注目されることが無いが、こうして間近で観ると、その巨大さ、力強さ、そして写実の極みとも言うべき造りの丁寧さがよりいっそう際立ち、これこそ究極の四天王像なのではないか、と思えてくる。

 この四天王像は元来南円堂に置かれていたことがほぼ明らかなので、ここにはもともとの南円堂の仲間たちが勢ぞろいしていることになる。
 後で登場する北円堂仮想再現空間ばかりが話題になっているが、わたしはこの南円堂再現空間でいきなりノックアウトされてしまった。
 この四天王像たちは、いずれ復元再建された中金堂にまつられることになる。
 新しい興福寺の中心となる大伽藍を守るのに、これほどふさわしい像はいないような気がする。


 そして、深く感銘を受けたもう一つの展示、もしかしたら(個人的には)一番心に焼き付いたかもしれない展示が、旧浄瑠璃寺の十二神将。こちらは逆に一番最後に置かれていたコーナー。
 トーハクの仏像ファンとしては、やはり、浄瑠璃寺伝来の元祖鎌倉様十二神将の勢ぞろいが、モニュメンタルと言っても良い「事件」だった。長年夢にまで見続けてきた光景。
 いつもトーハクで慣れ親しんでいる5体の十二神将。
 静嘉堂文庫美術館が所有する他の7体の内、修復作業を終えた4体を観に行ったのが昨年の夏(記事、こちら)、
 残る3体を観るのはこれが初めて、全部揃ったのを観るのももちろん初めてのこと。
 いつもトーハクにおいて、曹源寺十二神将像(こちらも優れた鎌倉様十二神将だがすでに曹源寺に還られた。金沢文庫で行われる運慶展に登場予定)等で行われていた戦隊展示(全体展示)ではなく、一体一体ガラスケースに入れられた個別展示だったのは残念だが、それでも、いっぺんに全部の仏像を観ることによって、一つ一つの仏像の特徴、見事さが際立ち、やはりこれは唯一無二の魅力的な十二神将だ、と改めて感銘を受けた。
 久しぶりにお会いした卯神様の、風を前身に受けながらすっくと立つ姿も、あい変わらず力強く、惚れ惚れしてしまった。


 運慶の息子、湛慶のコーナーも良かった。
 何と言っても三十三間堂で名高い湛慶だが、あの巨大本尊の光背像のうちのいくつかを間近で観ることができて良かった。なお、千体仏のうち湛慶が造ったものが、現在トーハク仏像室で展示されている。
 高山寺の諸像と再会できたのもよかった。あの印象的な小犬像の解説に、この像が湛慶作と推定される根拠として、雪蹊寺の善賦獅童子像との類似が上げられており、犬と仏像の表情の類似って・・・・、またそんないいかげんなことを、と半ば呆れかけたが、実際に見比べてみると、あまりにも似ていてびっくり。これに限っては、解説が言っていることが正解のように思えた。 


 運慶の子供、ということでは、三男康弁等によるあまりにも有名な天燈鬼立像、龍燈鬼立像のすごさも、改めて思い知らされた。(龍燈鬼が康弁作)
 何度も観てきた像だが、こんなに近くから、しかも、360度あらゆる角度からじっくりと観たのは初めて。どこからどのように見てもその造形はまったく破綻すること無く、力強さ、ユーモア、つまりこの二人の鬼の際立った個性が、びしびしと伝わってくる。
 正に、ついに立ち上がった邪鬼。四天王の下で常に脇役だった鬼が、ついに敢然と立ちあがった瞬間!


 ・・・・と、いうように、

 心に焼き付いた展示を挙げていくともうキリが無いほどなのだが、ここまで書いたものを見返しても、確実に運慶が直接係った仏像というのは、まだ登場していない。
 決してわざとそうしているわけではない。ほんとうに印象的だったものを思いつくままに挙げてゆくとこうなるのだから仕方ない。

 この展覧会の最大の目玉でもある北円堂の仮想再現空間はどうなんだ、と思われるかもしれない。
 確かにすごかった。あの空間は、インパクト、芸術性ともに、客観的にはこの展覧会の頂点をなす展示だったと思う。(個人的には南円堂再現空間の方が好きだけれど)
 しかし、実はここには、運慶が確実に直接造ったと言える仏像は一体も無い。
 北円堂に関しては、確かに運慶工房が仏像造像を一括して受け持ち、運慶が一門の責任者として総指揮をとったのにちがいはないが、個々の仏像に関しては、それぞれ担当した仏師がだいたい判明している。
 肖像彫刻の最高峰として名高い無著菩薩、世親菩薩良蔵は、運慶の5男運賀と末子運助、 四天王像も、湛慶以下、運慶の子供たちが担当している。そもそも、今回の展示の北円堂コーナーに置かれていた四天王像は、あくまでも仮想再現展示として置かれたのであって、実際には記録にある湛慶以下によるものかどうかさえわからないのだ。
 記録上直接運慶の手が加わったことが確認できるのは、本尊の弥勒仏坐像だけであり、この像は今回の展覧会には来ていない。(仮想再現空間では、写真で登場)
 つまり、すべてを工房責任者である運慶の作とむりやりみなしているわけだが、湛慶や康弁などはもちろんそれぞれ見事な代表作の伝わる名高い仏師だし、これをすべて運慶作とするのはやはり乱暴な気がする。
 解説等ではよく、無著像など、運慶の手が入っていなければこれだけのものができるはずない、などと書いてあるが、運賀が超天才だったらどうするのか。たいへんな天才を美術史から抹殺してしまっていることになる。
 また、表現が見事だから運慶作の可能性が高い、などという作品解説をよく目にすることもあるが、これでは、大切な仏像を「運慶作」と伝承している日本中のあまたの寺院と基本的にそれほど変わらないことになってしまう。(お寺の場合広義の信仰の一環とも言え、それはそれでいいと思うけれど)

 さらに言えば、金剛峯寺の八大童子像六波羅密寺の地蔵菩薩坐像などの見事な仏像も、わたしもおそらく運慶によるものだとは思うけれど、実はこれらに関しても確証は無い。

 さて、こうなってくると、この展覧会において、まちがいなく直接運慶によって造られたと言える作品は、デビュー作とも言える円成寺の大日如来坐像、鎌倉がらみの願成就院諸像、浄楽寺諸像、瀧山寺諸像、それ以外はいくつかの小像だけ、ということになる。
 これだけだと、上記したような強烈な作品群が並ぶ中にあって、どうしても運慶その人の印象が薄くなってしまうのもやむをえない。
 円成寺の大日如来像は、若々しくもたおやかなすばらしい像だが、康慶のひな型を基に2年もの歳月をかけて作成した習作的な意味も持つものだし、鎌倉がらみの諸像は、八大童子など中央の作品(運慶のものだとして)と比べてしまうと、わたしには正直やっつけ仕事みたいに感じられてしまう。特に願成就院の毘沙門天像などは、この展覧会においては康慶の渾身の四天王像のすぐ後にぽつんと立っていたこともあってか、妙にあっさりしていて(あまりにも普通の人っぽい、というのもある)、思わずこれで完成作品なのか?と思えてしまった。

 (ここに書いた感想は、開始直後に一回目を観た時点でのもの。
 後期に浄楽寺諸像が全部揃うと言うので、何とか運慶の実体を掴みたくて再度訪れたのだが、展覧会場に出現した浄楽寺空間はさすがに身震いするほどの美しさだったことを記しておく)



 運慶の実像とは??


 いずれにしても、展覧会自体としてはインパクト満点なのに、運慶という芸術家の実像、その印象に関してはどうしても何だかあやふや、という不思議な展覧会だった、というのが正直な感想。
 この時期のさまざまな仏師による「鎌倉彫刻」のハイライトを運慶と結ぶ着けよう、つまり、そのすべてを長い間に形成されてきた運慶という固定観念の枠の中に入れ込んでしまおうとしている点に、そもそも無理があるような気がする。

 「運慶の22体一挙展示」などのキャッチフレーズによって、多くの人はこにあるほとんどの仏像を運慶その人の彫刻として見ていたのではないだろうか。
 ところが実際にはそうではなくて、それならば運慶の実体は果たしてどこにあるのか、それを何とか見極めようとしても、「固定観念」が強調された展示のために、逆にわかりにくくなってしまっていた。

 しかも、一般に流布している運慶という仏師の「固定観念」自体が、実際には本来の姿とは大きく異なっているように思えてならない。
 仏像に極限まで写実を導入し、対象の内面までを表現するような新しい仏像を創造した、
 中でも、鎌倉武士の要望に応え、ダイナミックな、荒々しくも迫力ある忿怒系仏像得意とした、
 運慶については、口をそろえてそのようなことが言われ続けてきた。
 だが、写実に関しては、すでに父の康慶がとんでもない高みにまで到達していて、運慶の「真作」をみる限り、運慶はむしろそれをバランスよく、「より人間に近い」破たんの無い形にまとめあげたようなところがある。(それが仏像としての「写実」と言えるかどうかはわたしにはちょっと疑問で、それはこれまで書いてきた通り)
 また、これもまた「真作」をみる限り、ではあるが、運慶の作品にはあまり荒々しい忿怒系や巨大でダイナミックな仏像は見当らない。確かに、有名な東大寺南大門の仁王像はある。しかし、あくまでも個人的な意見だが、この時点での運慶に、数ある勧進所で巨大仏を造り続けてきた巨大仏マイスター・快慶に口を出せたかどうか。
 そもそも、果てること無い戦いの日々の中に生きた東国武士が、ほんとうにわざわざ荒々
しい仏像を求めたかどうか、ということ自体、かなり怪しいと思う。

 結局、「真作」だけにきちんと焦点を当てて見てみると、運慶は、比較的小さな仏像、しかも、真摯で、どちらかというと静謐な表現を得意としていたのではないか、と思えてくる。

 そして、その一方で、正にこの展覧会でも強烈に感じることができたように、壮大な鎌倉彫刻の流れが存在していることもまた事実であり、一門の棟梁である運慶がその中心にいたことはまちがいないわけで、個々の作品よりもその流れそのもが、運慶という巨人のプロデューサーとでもいうべき立場での業績なのかもしれない。


 運慶は有名でたくさんの「伝説」で飾られている反面、謎の多い仏師である。
 すべて運慶と結びつけてしまおう、という気持ちはわからなくもないが、それでは真の姿がどんどん遠ざかっていってしまう。

 このような大規模展、せっかくの機会なのだから、運慶という巨人の「実像」に迫るような展示であってほしかった。



 この展覧会、実態は、「運慶一族」展というべきものではあったが、
 「運慶一族」の業績を集大成したということで、すさまじい内容の、春の快慶展と並びうる展覧会だった。





 ポスター、おみやげの絵葉書等で観る展示のハイライト



 旧浄瑠璃寺十二神将、ついに、ついに、勢ぞろい!


 密集絵ハガキ

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 静嘉堂文庫美術館で修復完成記念展示が行われた際の看板。(記事は、こちら
 右から二つ目が、堂々たる卯神。

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 トーハクの5体に関する、記事(写真もたくさん載っています)は、こちらこちらこちらなど、たくさん。



 慶派四天王の諸相


 康慶作、四天王の中の王。圧巻だった!

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 南大門仁王像とともに、鎌倉復興東大寺大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構。
 
 今回の運慶展に展示されていた海住山寺像(上)は、大仏殿の巨像をモデルにして造られたとされる大仏殿様四天王像の代表。
 春の快慶展では、実際の巨像の雛形である可能性が高い金剛峰寺像(下)が展示されていた。

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 そして、こちらが現在は興福寺南円堂に安置されている問題の四天王像。

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 この像がもともと興福寺のどこに安置されていたかによって、運慶が係っているかどうか、だいたい決まってくる。
 例によって美術関係者の間には、運慶作ということにしましょう、という気運があるのだが、わたしはどうも納得できない。
 例え、これらが北円堂にあった像だとしても(運慶がらみだったとしても)、その場合息子の康慶以下4人のということになる。なぜそれをはっきりと前面に出さないのだろうか。
 運慶の息子等、工房作品の場合、作品の出来が良いと、こんなにすばらしいのだから息子だけで造れるはずがない、ということで、運慶作、ということになってしまう。
 まあ、この仏像の美しさにはまったく関係無いことだが。

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 おまけ、真央展の入口を飾っていた写真。

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 真央さんの演技の美しさ、力強さは、最早そういう次元に達していたと思う。



 上記四天王像を含む、とにかくすさまじかった、北円堂の仮想再現空間


 しかし、ここには、「運慶作」の仏像は無い?

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 小犬と童子。そっくり。湛慶の珠玉作。

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 会場スケッチ


 本館からの通路。なんだかえらいことに。

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 パンフ。この2冊は、仏像ファン必携の永久保存版。

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 勢揃い記念で、グッズも買いまくった。


 クリアファイルと手帖

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 プレートフィギュア

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 愛しの卯神さま。

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 運慶展の次は、これだ!どちらかというと、こちらの方が楽しみ。

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 総合文化展における関連展示


 この種の仏像展の折には、必ず関連展示に登場してきた、慶派十二神将が、今回は華々しく本展の大トリを飾っている。
 従って、ここに登場しているのは、それ以外の方々。康円中心。


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 久しぶりの分解展示。

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 見事な光背については、こちらの記事。

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 こちらの方も、いらっしゃった。

 仏像ルームのセンター以外で観るのはめずらしく、いつもと雰囲気はちょっと異なるが、やはり圧倒的に美しい。

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 おまけ、以前、集めたガチャ仏を並べてみました。

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  ☆    ☆    ☆



 おしまいになってしまいましたが、カンタータのお知らせ。


 今度の日曜日(11月19日、三位一体節後第23日曜日)のカンタータは、

 初期のBWV163、
 コラール・カンタータ(第2年巻)の、BWV139、
 そして、後期、BWV52、
 
 の3曲です。


 秋の深まりとともに、カンタータの暦も押し迫ってまいりました。
 
 全編を秋の空気を思わせる凛とした佇まいに貫ぬかれた、この時期のコラールカンタータならではの格調高い名品、BWV139。
 ブランデンブルグ協奏曲の楽章で幕を開ける、ソプラノ・ソロ・カンタータ、幸福感いっぱいの、豊潤な実りの秋にふさわしい名曲、BWV52。

 カンタータも、秋の名曲ぞろい。


 過去記事は、こちら↓


 <三位一体節後第23日曜>

    三位一体節後第23日曜(BWV52、139他)





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    コメント(3件)

    内 容 ニックネーム/日時
    運慶展を観た方にWEB小説「北円堂の秘密」をお薦めします。
    グーグル検索にてヒットし、小一時間で読めます。
    勿論スマホでもOKです。
    少し難解ですが歴史ミステリーとして面白いです。
    北円堂は無著世親像を収蔵する古都奈良・興福寺の八角円堂で、
    その創建時代のお話しです。
    omachi
    2017/11/17 19:25
    東博の運慶展のポスターの写真に出ている仏像のうち、願成就院の毘沙門天像も興福寺北円堂の無著菩薩像と世親菩薩像、高野山霊宝館の八大童子像もお寺なり霊宝館なりでお姿を拝みましたが、運慶やその関係の慶派の仏像が一挙に見られるのがいいですね。首都圏の方が羨ましいです。

    興福寺国宝館の龍燈鬼像と天燈鬼像は見ていて憎たらしいのですが、気に入ったお像です。何回でも見たいと思えますね。
    大ドラ
    2017/11/23 21:55
     大ドラさん、こんにちは。
     これだけの運慶関連の仏像が東京で揃うのは史上初めてとのことで、さすがに見応えのある展覧会でした。わたしもほとんどは観たことがある仏像でしたが、大ドラさんのように本来の寺院では無く、さまざまな展覧会で観たものが多かったです。
     いろいろな寺院を巡り歩いて観てきた仏像が一堂に会している展覧ということでは、わたしにとっては、正に春の快慶展がそうだったのですが、最近の展覧会は考えに考えて効果的な展示をしてくれていることが多いので、またちがう感動が味わえるのが良いです。
     今回の展覧会でも、鎌倉復興期の南円堂空間や北円堂(仮想)空間の再現など、現実には観られない光景が観られたのがよかったです。

     龍燈鬼像と天燈鬼像、ほんとうにいいですよね。今回間近でじっくりと観て、また愛着がわいてきました。
    Nora
    2017/11/25 19:13

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